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異邦人の庭 〜secret garden〜
第5章 ペニー・レーンの片想い
「お祖母様…!
軽井沢からお帰りになられたのですか?」
千晴が素早く立ち上がり、満面の笑顔で徳子に歩み寄る。
紫織と紗耶もそれに倣い、直ぐに起立する。
それはもう既に高遠一族の習わしであった。
…徳子はこの高遠家において絶対的な権力の象徴だからだ。
千晴は西洋式に徳子を抱擁し、両頰に軽く口づける。
「ご連絡くだされば、お待ちしておりましたのに…。
お帰りは来週と伺っておりましたから…」
「千晴さんを驚かせようと思ってね」
徳子は千晴だけに見せる甘く蕩けるような笑みを浮かべる。
…それは、冷ややかな獅子のような女帝と陰で噂される徳子が唯一、千晴にだけ見せる祖母としての慈愛の表情であった。
「…来週まで居ようと思ったのだけれど…鍋島夫人が早々にすみれ会のサロンにいらっしゃると聞いて、さっさと引き上げてきたわ。
…あの方の喧しい九官鳥みたいなお喋りを朝から聞かされると思ったらうんざりよ」
徳子は黒いレースの手袋を外しながら、紗耶と紫織の方に向き直る。
そうして、薄く形の良い唇に僅かばかりの笑みを滲ませた。
「ご機嫌よう。紫織さん、紗耶さん、
私もお邪魔してよろしいかしら?」
レースのブラウスにアメジスト色の絹の上着とロングスカートを合わせ、高価な翡翠のイヤリングを付けた徳子は、さながら英国大貴族の女主人のように尊大で威風堂々とした存在感を醸し出していた。
紫織が優雅に膝を折って、丁重にお辞儀をする。
「ご無沙汰しております。大お祖母様。
お留守中にお邪魔させていただきました。
紗耶がお世話になっております」
紗耶は緊張の余り、紫織に合わせてお辞儀をし
「お帰りなさいませ。大お祖母様」
…と、挨拶するのが関の山であった。
同じ敷地に同居しているとは言え、徳子は離れの館に住んでいたし、紗耶が本家に移ると同時に軽井沢の別荘に行っていたので、貌を合わすのは久々であったのだ。
徳子は紫織と紗耶をゆるりと見遣り…パーゴラの蔓薔薇を見上げる。
「…我が一族の薔薇は今が盛りのようね。
どちらの薔薇も甲乙付け難く美しいこと。
…千晴さんが薔薇の迷宮に迷われるのも無理からぬことだわね」
…と、謎かけのような言葉を告げると、どこか楽しげに笑ったのだった。
軽井沢からお帰りになられたのですか?」
千晴が素早く立ち上がり、満面の笑顔で徳子に歩み寄る。
紫織と紗耶もそれに倣い、直ぐに起立する。
それはもう既に高遠一族の習わしであった。
…徳子はこの高遠家において絶対的な権力の象徴だからだ。
千晴は西洋式に徳子を抱擁し、両頰に軽く口づける。
「ご連絡くだされば、お待ちしておりましたのに…。
お帰りは来週と伺っておりましたから…」
「千晴さんを驚かせようと思ってね」
徳子は千晴だけに見せる甘く蕩けるような笑みを浮かべる。
…それは、冷ややかな獅子のような女帝と陰で噂される徳子が唯一、千晴にだけ見せる祖母としての慈愛の表情であった。
「…来週まで居ようと思ったのだけれど…鍋島夫人が早々にすみれ会のサロンにいらっしゃると聞いて、さっさと引き上げてきたわ。
…あの方の喧しい九官鳥みたいなお喋りを朝から聞かされると思ったらうんざりよ」
徳子は黒いレースの手袋を外しながら、紗耶と紫織の方に向き直る。
そうして、薄く形の良い唇に僅かばかりの笑みを滲ませた。
「ご機嫌よう。紫織さん、紗耶さん、
私もお邪魔してよろしいかしら?」
レースのブラウスにアメジスト色の絹の上着とロングスカートを合わせ、高価な翡翠のイヤリングを付けた徳子は、さながら英国大貴族の女主人のように尊大で威風堂々とした存在感を醸し出していた。
紫織が優雅に膝を折って、丁重にお辞儀をする。
「ご無沙汰しております。大お祖母様。
お留守中にお邪魔させていただきました。
紗耶がお世話になっております」
紗耶は緊張の余り、紫織に合わせてお辞儀をし
「お帰りなさいませ。大お祖母様」
…と、挨拶するのが関の山であった。
同じ敷地に同居しているとは言え、徳子は離れの館に住んでいたし、紗耶が本家に移ると同時に軽井沢の別荘に行っていたので、貌を合わすのは久々であったのだ。
徳子は紫織と紗耶をゆるりと見遣り…パーゴラの蔓薔薇を見上げる。
「…我が一族の薔薇は今が盛りのようね。
どちらの薔薇も甲乙付け難く美しいこと。
…千晴さんが薔薇の迷宮に迷われるのも無理からぬことだわね」
…と、謎かけのような言葉を告げると、どこか楽しげに笑ったのだった。