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異邦人の庭 〜secret garden〜
第5章 ペニー・レーンの片想い
一瞬、その場の空気が静まり返る。
パーゴラを吹き抜ける風が、セント・セシリアの甘い薫りを運んでくるだけだ。

紫織は濃く長い睫毛を一瞬だけ震わせ、静かに微笑んだ。
艶やかな唇がそっと開かれる。

「…千晴さんの紗耶を尊重してくださるお気持ちを大変に嬉しく思いますわ。
私の至らない教育のせいで紗耶はまだまだ幼く未熟です。
大学生活の四年間で身も心も成長して、大お祖母様から高遠のお家の歴史やしきたりや習わしなども学ばせていただけましたらと思います。
そののちに、婚約の運びとなるのが一番望ましいのでは…と存じます」
紫織らしい思慮深く、控えめな言葉であった。

「…それは、母親としてのお気持ち?
それとも、貴女個人のお気持ち?」
きらりと光る徳子の瞳が、更に尋ねる。

「…私…ですか?」
美しい切れ長の瞳が驚きに見開かれる。

「そうよ。貴女ご本人のお気持ちはどう?
…そもそも、貴女は紗耶さんを千晴さんに嫁がせたいと思っていらっしゃるのかしら?」

千晴が紫織をじっと凝視しているのが分かる。
…熱いまなざし…
それは、自分に対するものとは異質なような気がして、紗耶は少し哀しくなる。

「…私は、紗耶の幸せを一番に願っております。
紗耶が高遠のお家に嫁ぐことがこの子の幸せになれば、こんなに嬉しいことはありません。
千晴さんはお優しくご聡明で素晴らしいお方です。
お任せするのに何の心配もございません。
…紗耶を手放すのが寂しくないと申しましたら嘘になりますが…紗耶が幸せになるのでしたら、それは瑣末なことです。
…大お祖母様、千晴さん。
紗耶をどうぞよろしくお願いいたします」
紫織は深々と頭を下げた。

一分の隙もない紫織の言葉に、千晴は微かに寂しげに視線を外した。
…そのさまに、紗耶は傷付く。
かつての…夢の中の出来事のような二人の口づけの光景が蘇るからだ。

徳子が感心したように首を振る。

「紫織さんは我が高遠一族の中でも際立って美しく、優れた完璧なお嫁様でいらっしゃるわ。
貴女のように素晴らしい美点を揃えた女性を、私は今までに見たことがありません」

…けれど…と、徳子は続ける。

「時にはご自分に正直になることも悪くはないのですよ。
…そうでないと、思いがけないほどに寂しい人生になってしまうわ…」

…私のように…
しみじみと…それは確かに聞こえたのだ。




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