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異邦人の庭 〜secret garden〜
第5章 ペニー・レーンの片想い
案内された徳子の居間の前で、紗耶は白いレースのロングスカートの裾をそっと直す。
髪も撫で付ける。
大お祖母様の前で、失礼があったらいけない。
ノックすると、中からややハスキーな徳子の声が聞こえた。
「どうぞ。お入りなさい」
「失礼いたします。大お祖母様」
部屋に入室し、片膝を折り、お辞儀をする。
…徳子は、ガレのランプをいくつか灯した居間の中、年代物のオベリスク模様のソファに腰掛け、窓の外に視線を預けていた。
…夜の帳はとうに降りていた。
窓辺に伝う白いアルテミスが、その美しい後ろ姿を見せ、ほのかに白く輝く明かりと化していた。
部屋の壁際にある古いレコードプレイヤーからぷつぷつと針が飛ぶ音に混じり、気怠いアコーディオンの音色…そして、アンニュイな艶めいたドイツ女の歌声が聞こえる。
…いつか、あの街灯りの下で逢いましょう。
昔みたいに…。
古い古いドイツの恋唄のようであった。
「大奥様。紗耶様がお見えになられました」
改めて、仰々しく紹介される。
侍女の七重は徳子と接するときも、無機質な表情は変えない。
七重は屋敷を取り仕切る家政婦の八重と双子の姉妹だ。
七重の方が姉らしい。
七重と八重は徳子が輿入れする前から仕えている侍女と家政婦なのだ。
八重はいかめしいながらもどこかユーモア感が漂う話しやすい人柄だが、七重は真反対だ。
いつ会ってもアンドロイドのようにポーカーフェイスで喜怒哀楽が読み取れない。
けれど、その振る舞いからは徳子を心底敬い、徳子の為にすべての忠誠心を捧げ、献身的に仕えていることは伝わってくる。
だから紗耶は七重が嫌いではなかった。
徳子がゆっくり振り向いた。
アルテミスより白い貌が、微かに微笑む。
「…おやおや、可憐なコーネリアがやってきたわね」
…そして優雅な所作で立ち上がり、自らレコードの針を止めた。
「…春の宵は嫌だわ。
思い出さなくてもよい昔のことばかり蘇ってしまうから…」
…と、どこか寂しげに…独り言のように呟いたのだ。
髪も撫で付ける。
大お祖母様の前で、失礼があったらいけない。
ノックすると、中からややハスキーな徳子の声が聞こえた。
「どうぞ。お入りなさい」
「失礼いたします。大お祖母様」
部屋に入室し、片膝を折り、お辞儀をする。
…徳子は、ガレのランプをいくつか灯した居間の中、年代物のオベリスク模様のソファに腰掛け、窓の外に視線を預けていた。
…夜の帳はとうに降りていた。
窓辺に伝う白いアルテミスが、その美しい後ろ姿を見せ、ほのかに白く輝く明かりと化していた。
部屋の壁際にある古いレコードプレイヤーからぷつぷつと針が飛ぶ音に混じり、気怠いアコーディオンの音色…そして、アンニュイな艶めいたドイツ女の歌声が聞こえる。
…いつか、あの街灯りの下で逢いましょう。
昔みたいに…。
古い古いドイツの恋唄のようであった。
「大奥様。紗耶様がお見えになられました」
改めて、仰々しく紹介される。
侍女の七重は徳子と接するときも、無機質な表情は変えない。
七重は屋敷を取り仕切る家政婦の八重と双子の姉妹だ。
七重の方が姉らしい。
七重と八重は徳子が輿入れする前から仕えている侍女と家政婦なのだ。
八重はいかめしいながらもどこかユーモア感が漂う話しやすい人柄だが、七重は真反対だ。
いつ会ってもアンドロイドのようにポーカーフェイスで喜怒哀楽が読み取れない。
けれど、その振る舞いからは徳子を心底敬い、徳子の為にすべての忠誠心を捧げ、献身的に仕えていることは伝わってくる。
だから紗耶は七重が嫌いではなかった。
徳子がゆっくり振り向いた。
アルテミスより白い貌が、微かに微笑む。
「…おやおや、可憐なコーネリアがやってきたわね」
…そして優雅な所作で立ち上がり、自らレコードの針を止めた。
「…春の宵は嫌だわ。
思い出さなくてもよい昔のことばかり蘇ってしまうから…」
…と、どこか寂しげに…独り言のように呟いたのだ。