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異邦人の庭 〜secret garden〜
第6章 ペニー・レーンの片想い 〜Lady Yの告白〜
…あの頃は、楽しかった…。

お抱えの運転手が運転するフォードに乗り込んだ夫を玄関の車寄せで見送り、徳子は小さくため息をついた。

…ハイデルベルクの家は小さかったけれど、いつも夫と一緒にいられた。
まだ若い十八歳の徳子は、夫の勧めるままにハイデルベルクにある画学校に通い、趣味の油絵の勉強を続けた。
千智は美術には明るくはなかったが、徳子の絵を誉めそやしてくれた。
徳子のしたいことは何でもさせてくれた。

休みの日は千智とともにアルテ橋を渡り、ケーブルカーに乗り、丘の上に聳えるハイデルベルク城を散策した。
石畳の階段を息を切らせて登っていると、千智が恥ずかしそうに…けれどしっかりと徳子の手を握りしめてくれた。
…温かな大きな手が嬉しかった。

ハイデルベルク大学はドイツ最古の名門大学だ。
街は優秀で魅力的な若者たちに溢れ、活気に満ちていた。
語学が堪能で社交的な徳子は、千智の学友たちとも直ぐに仲良くなった。
美しく快活で会話上手な徳子はたちまち彼らの間で人気者となった。
週末の夜はハイデルベルク大学にほど近い居酒屋、パルムブロイ・ガッゼでたくさんの友人に囲まれビールを飲み、話に花を咲かせた。
新婚だけれど、まだ学生のような新妻だったのだ。
酒が弱く大人しい千智は、自分の妻がさながら美しく魅惑的な女王のようにたくさんの学友に信奉されているのを、眩しげに微笑んで見つめていた。

「チサト!ヨシコと踊れ。君たちは新婚だろ」
居酒屋にある古びたピアノを、酔った友人の一人が弾きだした。
皆が一斉に手を鳴らし、口笛を吹く。
「ぼ、僕は踊れないんだよ…」
慌てて首を振る千智に徳子は、白い手を差し出した。
「踊って。千智さん」
「よ、徳子さん…」
尻込みする千智の手を引っ張る。
徳子が千智の背中を抱く。
「…大丈夫。こうやって、音楽に合わせてスウィングするだけでいいから…」
優しく、見上げる。
千智が瞬きをしながら、徳子をおずおずと抱きしめ…上擦った声で囁いた。
「…徳子さん…。
…愛しています…」

…調律していない古びたピアノから、甘い愛の歌が流れる…。

幸せだと…徳子は温かく居心地の良い夫の胸に抱かれ、眼を閉じた。








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