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異邦人の庭 〜secret garden〜
第8章 ガブリエルの秘密の庭
朝食を終え、身支度を整えた政彦は毎朝7時半には出勤する。
会社のハイヤーが迎えに来るのだ。

玄関に見送りに出ると、靴を履きながら、政彦が振り返る。

「紫織。日曜日は久しぶりに二人で外で食事をしないか?
元麻布になかなか良さげなヴィーガン料理を出す店を見つけたんだ。
君の仕事の参考にもなるんじゃないかと思ってね」
…紗耶が本家に移り、紫織が寂しがっているのではないかと思っているのだろう。
政彦は本当に親切で気遣いができる男だ。

紫織は政彦から靴べらを受け取りながら微笑んだ。
「ありがとうございます。
ぜひ行ってみたいわ」
政彦の貌が輝いた。
「では予約をしておくよ」
そうして、紫織の肩を優しく引き寄せる。
「…紫織…。愛しているよ…。
…行ってくる。…」
いつもの愛の言葉を小さく囁いた夫の眼鏡の奥の瞳が、はにかむように笑う。

そのまま、唇に軽く遠慮勝ちなキスをする。
愛の告白もキスも、物静かで控えめな夫が結婚したその日から、1日も欠かさない朝の儀式のようなものだった。

紫織は淑やかに夫のキスを受け、背中をそっと抱く。

「…行ってらっしゃいませ。政彦さん…。
お気をつけてね…」

長身の洗練された後ろ姿を見せながら、政彦が玄関を後にする。

重々しい扉が閉まる音が響くと、紫織はぼんやりと思った。

…本当に…理想的な夫だわ…。

しんと静まり返った玄関フロアに、夫が残したトワレが仄かに漂う。
レザーとライム、そしてパチュリが静かに薫り立つ…大人の品格ある香水…。
…それはゲランのアビルージュ…。
紫織が調合した香水ではない。

紫織は一度も、政彦のためにアロマを調合したことはなかった。

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