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異邦人の庭 〜secret garden〜
第9章 ガブリエルの秘密の庭 〜甘く苦い恋の記憶〜
若い男性教師、藤木芳人との接点は意外な場面で訪れた。

…五月のある放課後、紫織は生徒会の会計の仕事を終え、昇降口へ向かう階段を降りていた。

部活動時間も終わり、校舎には殆ど人の気配がなかった。

腕時計を見ると、七時近くを差していた。
もう、校門も閉まる時間だ。

…すっかり遅くなっちゃったわ…。

紫織は肩を竦める。

その生徒会の仕事は、本来副会長の紫織の仕事ではなかった。
同級生の会計係の美加に
「ごめん!紫織!今日だけ!今日だけ代わってくれない?」
と、拝み倒されたからだ。
「何?デート?」
問い返すと図星だったのか
…えへへ…と照れ笑いされた。
「こないだ告った暁星のコからOKもらえてさ。
あっちは予備校に忙しいから今日が唯一のチャンスなの!」
美加の必死の形相に紫織は苦笑した。
「いいわよ。行ってらっしゃい。
今度、ドトールで奢って」
「スタバで奢らせていただきます」
神妙に頭を下げた美加は
「…あのさ、紫織は本当にいないの?付き合っているひと」
「いないわよ。
会計ファイル貸して」
さらりと答える。
「紫織みたいなすんごい美人が、付き合っているひといないなんて、信じらんないなあ〜。
紫織、毎日のようにコクられてるじゃん。
それ全部断ってるじゃん。
なんで?
…てかあたしの好きなコもさ紫織のことは知っててさ『あの超美人の女の子、君の友達なの?』て…マジジェラシーなんですけど〜」
身悶える美加をわざとぞんざいに遇らう。
「はいはい。早く行かないと暁星が帰っちゃうわよ」
「やっべ!
じゃあね!紫織、ありがと!恩に着る!」
ばたばたと生徒会室を出てゆく美加を、ちらりと見送り…小さく笑った。

…思い出し、ふん…と、肩を聳やかす。

…付き合っているひとはおろか、好きなひともいないんですけどね…。

そうして、気を取り直す。


…帰らなきゃ…
またお母様が心配する…。

胸のうちが忽ちどんよりと仄暗くなる。

足取り重く階段を降り、靴箱のある昇降口に出る。

…そこにある人影に、紫織はふと眼を留める。

…背の高い…痩身の後ろ姿…。
皺の寄ったインディゴブルーのコットンシャツの背中…
…そして、寝癖の付いた黒髪…。

「…あ…」
思わず出た紫織の小さな声に、若い男がゆっくりと振り返る。

紫織と眼が合い、若い男…新任の教師、藤木が眼を見張った。





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