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異邦人の庭 〜secret garden〜
第9章 ガブリエルの秘密の庭 〜甘く苦い恋の記憶〜
対して、母、蒔子には…。
紫織は複雑な思いを抱いていた。

京都の古い名家から亮介のもとに嫁いだ蒔子は、とにかく誇り高かった。
ごく普通のサラリーマンの家で育ち、知力や胆力で一流大学に入り、一流商社に入社し、出世してきた夫をどこか成り上がり者と捉え、冷ややかに見下していた部分が確かにあったのだ。
亮介はそんな蒔子を察知して、少しずつ心の距離が出来てしまったのだ。

夫の愛を得られなかった蒔子は、その隙間を埋めるように一人娘の紫織に対して幼い頃から厳格に接した。
躾や礼儀作法やお稽古ごと、勉学に妥協させることはなかった。
もちろん一度も手を挙げられたことはないし、言葉の暴力を受けたこともない。
育ちの良い蒔子に、そのような野蛮で低俗なことは論外だった。

蒔子は常に丁寧な言葉で静かに理を説きながら、紫織を徹底的に教育した。
…それはさながら真綿で首をじわじわ締め付けるようなやり方だった。

紫織は従順に蒔子に従いながら、常に思っていた。

…「私が大きくなったらお母様みたいな母親には決してならないわ。
いつも優しく、どんな時も子どもに寄り添って、笑いかけてあげる母親になるわ」
…と。

それでも尚、蒔子に反抗もせず、蒔子の望むような理想的な娘になるよう努力してきたのは、蒔子への愛情ではなかった。

…もはや、娘を完璧に育てることでしか己れの存在意義を示せない母への憐れみでしかなかったのだ。

…私はお母様みたいにはならない。
私は、私が心から愛するひとと結婚して、愛するひとの子どもを産んで、幸せな家庭を築くのだ…。

そう呪文のように唱え続けるのだ。

…紫織は、唯の一度も、蒔子に抱きしめてもらったことはなかった…。
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