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異邦人の庭 〜secret garden〜
第9章 ガブリエルの秘密の庭 〜甘く苦い恋の記憶〜
気の早い蝉が、窓の外の桜の樹の枝でたどたどしく鳴き始めた。
放課後の校庭に、それは少し寂しげに響き渡る。

「…もう少しで夏休みか…」
紫織は生徒会室で会計報告に眼を通し終えると、呟いた。
例によって、他のメンバーは何かと理由をつけて早々に帰ってしまい、紫織一人で仕事を片付けていた。

けれど、紫織は学校に遅くまで残ることは嫌ではなかった。

…藤木先生もまだお仕事しているのかな…。

同じ校舎に藤木がいると思うだけで、心がそわそわと浮き立つ。

…生徒会室の窓からは、職員用の正面玄関の入り口が見渡せるのだ。
何とは無しに見ながら、考える。

…藤木先生、夏休みはどうするのかな…。

信州のご実家に、帰るのかしら…。
…そう言えば…先生のご実家って、何をなさっているのかしら…。

化学準備室で、色々話しているようで、知らないことは山ほどあった。

…まだまだ、藤木先生のことは知らないことだらけだわ…。


…と、不意に見慣れた長身のやや猫背の姿が紫織の視界に飛び込んで来た。

「藤木先生だわ…」
思わず身を乗り出す。

藤木は遠目にも上質なスーツを着込んでいた。
すらりとした長身で手足の長い藤木に、それはとても良く映えていた。
…珍しく、寝癖がない。
きちんと髪を撫で付け、改まった服装と落ち着いた物腰で、これからどこかに向かうようだった。

「…なんだかいつもの先生じゃないみたい…」
紫織は食い入るように見つめる。
スーツ姿の藤木は人目を惹くようで、帰り際の女子生徒たちがちらちらと気にしている様子が伺えた。

…面白くない。
紫織は小さなやきもちを焼く。


職員用駐車場に停めてある最近購入したらしい新車のプリウスに藤木は乗り込んだ。
その白いハイブリッド車は、藤木の端正な雰囲気に良く合っていた。
…けれど、マイカー通勤になってしまったので、藤木とバスで遭遇することもなくなり、紫織は少し寂しかった。

「…どこに行くのかな…」
紫織は窓から身を乗り出して、見送る。

…藤木の乗った車は、滑らかに走り出し、あっという間に校門の奥へと消えて行ってしまったのだった。






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