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異邦人の庭 〜secret garden〜
第9章 ガブリエルの秘密の庭 〜甘く苦い恋の記憶〜
「…北川さん…」
「キスしてくれないなら、帰ります」
…めちゃくちゃだ。
何で自分はこんなにも藤木を困らせているのか。
自分でも訳が分からない身体の奥底から湧き上がる滾るような熱い情動に突き動かされていた。
母の言葉の哀しみは、すっかり消え失せていた。

…今はひたすら、藤木に愛されたかった。
…藤木の恋人になりたかった。
眼の前のこの榛色の美しい瞳を持つ、優しく飄々とした…どこか静かな寂しさを感じさせる男の、特別な存在になりたかった。

榛色の瞳が、切なげに…けれど、愛おしげに瞬かれ…小さく呼吸する。
離された手が再び紫織を優しく、大切に守るように抱きしめた。
…そうして、自分自身にも語りかけるように、ゆっくり、真摯に、告白を始めたのだ。

「…大好きだよ。北川さん…。
君を最初に見たときから、ずっと好きだ…。
最初から君に惹かれていた…。
…君は息を飲むほどに綺麗で、鮮やかに薫り立つように僕の眼の前に現れた。
今までの僕の人生を全て塗り替えてしまうほどに、君は美しく可愛らしく生き生きとしていた。
毎日のお弁当も、放課後のお茶の時間も、全て僕には宝物のような時間だった。
…本当はそんなことは既に教師と生徒の境界を越えている行為だ。
分かっていた。
直ぐにやめるべきだった。
けれど、やめたくなかった。
…君に会いたかったからだ。
…君をもっと知りたかったからだ」
「…先生…」
信じられないような愛の告白が、優しい雨のように紫織の胸に降り注ぐ。
「…ごめんね…。
僕はずっと迷っていた。
なんとなく、曖昧に君と関わり続けて、そうして君が僕を卒業してゆけばいいと…自分勝手に願っていた。
…卑怯だよね。
僕は怖かったんだ。
君をこれ以上好きになって、離れられなくなることが…。
…すごく怖かったんだ…。
だから自分に嘘を吐こうとしていた…今の今まで…」
「…先生…」

藤木の大きな手が、紫織のしっとりと水分を含む髪を愛おしげに梳き上げる。
「…けれど、もう迷わない…。
君が好きだ…。
誰よりも…」
「…先生…!」
紫織の美しい大きな瞳から溢れ落ちた涙を、藤木の指先が優しく拭う。

「…好きだよ、紫織…」
…初めて好きになった男から名前で呼ばれる。
そしてその唇が、その愛の証しを与えるかのようにそっと唇に落ちてくるのを、紫織は陶然と酔いしれながら、受け止めるのだった…。

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