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異邦人の庭 〜secret garden〜
第10章 ビーカーとマグカップ 〜甘く苦い恋の記憶〜
「お前、平泳ぎヘタっぴやろ?
あんなんじゃ今度の水泳のテストで合格せんぞ。
俺が教えちゃる」
「…でも…まだお店のお手伝い中やから…」

戸惑う澄佳に女将が明るく手を振る。
「ええよ、もう。澄佳、ご苦労さん。
涼太ちゃんと泳ぎに行き。
気をつけてなあ。
潮の流れに気ぃつけるんよ。
涼太ちゃん。澄佳のこと、よう見てやってなあ」
「ばあちゃん、任せとき。
あとな、母ちゃんがあとで浜焼き食わしてくれるって言っとったから、澄佳のメシはいらん。
ほら、澄佳。行くぞ」
そう言いながら、涼太と呼ばれた男の子はもう店の外に駆け出していた。
「待って、涼ちゃん。
…あの…失礼します。ごゆっくり…」
躾が行き届いた子どもらしく、慌てながらもきちんと挨拶をして、澄佳はエプロンを着けたまま涼太の後を追って行った。

「まあまあ、騒がしくてごめんねえ。
涼ちゃんは澄佳の幼なじみなんよ。近所に住んでいて毎日のように一緒に遊んどるんよ」
女将が謝りながらも愛おしげに窓の外の二人を見送る。

…明るい夏の光の下、海に向かって走る子どもたちはさながら天使のようにきらきらと金色に輝いている。

「…内緒やけどねえ、涼ちゃんは澄佳のこと、好きなんよ。
はたで見ていていじらしいほどや…」
しみじみした口調で呟くと、女将は
「邪魔してごめんねぇ。
ごゆっくり食べていってくださいね…」
と、笑顔を残して再び、しゃきしゃきと厨房に入って行った。

「…初恋か…。
可愛いね」
藤木が二人の姿を追いながら、微笑んだ。

「…私の初恋は、先生よ」
貌を近づけて秘密の告白をするように紫織は囁いた。
「…紫織…」
眩しげに…切なげに眼を細める藤木に、
「…そして、きっと最初で最後の恋だわ…」
…私には分かるわ…と、蠱惑的に瞬きをした。

「…紫織…」
愛おしさと情熱が詰まった眼差しでじっと紫織を見つめ、小さく…けれどはっきりと藤木は答えた。
「僕もだよ…」
「…先生…」
…幸せで胸が甘い、もの狂おしさで一杯になる…。

しばらく見つめ合い、やがて藤木が陽気に促した。
「さあ、冷めないうちにいただこう。
小母さんの心尽くしのお料理だからね」
「はい…!」
紫織もいそいそと箸を取り、屈託無く笑った。
「美味しそう…!
いただきます…!」




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