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異邦人の庭 〜secret garden〜
第10章 ビーカーとマグカップ 〜甘く苦い恋の記憶〜
「ここだよ。
あわ焼きの店なんだ」
藤木が案内したのは、海べりの小高い丘に立つ小さな陶磁器の店だった。
「いらっしゃいませ」
品の良い老女の店主がにこやかな笑顔で帳場に座り、二人を迎え入れた。

「…あわ焼き…?」
聴きなれぬ言葉に、紫織は尋ね返す。
「南房総の土で焼き上げた焼き物だ。
…ここらの土は柔らかすぎて焼き物に適さないとされていたんだけれど、陶芸家を志す若者たちが研究に研究を重ねて、作り上げた陶器なんだ。
低めの温度でじっくり焼き上げることで、丈夫な陶器が出来上がったそうだよ」
「…へえ…。面白いわ…」
棚に並べられた陶器はテラコッタ色をして、いかにも土着的な…けれどなんとも言えず温かな味わいのあるものばかりだった。

「紫織にマグカップをプレゼントしたいんだ。
好きなものを選んで」
「マグカップ?」
「そう」
不思議に思いながら、紫織はカップのコーナーをじっくり眺めた。

「どうぞお手に取ってお選びくださいな」
店主が声をかけてくれた。

…紫織はそっと手に取る。
テラコッタのマグカップは、素朴なデザインが却って洒落ていた。
しかも手のひらから自然の温もりがじんわりと伝わるようで、心地よい。
…これでお茶を飲んだら、美味しそうだな…。

「…弥生時代とかの土器みたいでとても可愛いわ。
これがいい」
振り返ると、藤木が嬉しそうに頷いた。

「これを包んでください」
藤木が店主に声をかけた。
「ありがとうございます」
店主がにこにこと丁寧に包み始めた。

「…でも、今日これを君にあげられないんだ」
秘密を打ち明けるように、藤木が囁く。
紫織は怪訝そうに瞬きをした。
「どうして?」

藤木が榛色の瞳を細めて、静かに答えた。
「…これは化学準備室の棚に置いておく。
紫織がこれからお茶を飲むときに使うよ」
「…え…?」
驚きに、息を飲む。

「…これは君だけのマグカップだ。
ほかの誰にも使わせない」
「…先生…」
嬉しくて、嬉しくて…けれどどこか切なくて、紫織は言葉を詰まらせる。

藤木の大きな手が、紫織の髪を優しく撫でた。

「…君だけのものだよ…」
…そうして、はにかみながらそっと付け加えた。

「…僕もね…」


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