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異邦人の庭 〜secret garden〜
第10章 ビーカーとマグカップ 〜甘く苦い恋の記憶〜
…空が茜色に染まる頃、紫織は次第に言葉少なになる。
藤木と並んで白い砂浜に座り、ひたすら海を見つめていた。
…二人の手は強く繋がれていた。
永遠に離れることを怖れる恋人同士のように…。
美しい夕焼け空に気の早い一番星が輝き始めた頃、藤木が静かに切り出した。
「…そろそろ帰ろう…。
東京まで三時間はかかる」
紫織は答えなかった。
「…紫織…。おうちのひとが心配する…」
紫織は、小さく首を振った。
「…いや。帰りたくない」
「…紫織…」
優しく肩にかかる手を振り払い、紫織は立ち上がった。
「帰りたくない。帰らない。
だって…帰ったらまた私たち、先生と生徒に戻ってしまう。
そんなの嫌。嫌だわ…!」
叫ぶなり、海に向かって走り出した。
「紫織…!」
藤木が追いかけてくるのも構わずに、海の中にざぶざぶ入る。
…橙色にその水面を染める海は、既に冷たく、紫織の肌を刺すようだ。
けれど紫織はどんどん沖の方へと歩んでゆく。
…膝上、腰の位置に波が容赦なく押し寄せる。
昼間の穏やかな海とは異なり、夕波が荒々しい。
紫織は一瞬、怯んだ。
「紫織!待ちなさい!」
藤木の切羽詰まった声が、背後から近づいて来る。
振り返り、叫ぶ。
「帰らないわ!先生と、ここにいたいの!」
「紫織…。いい子だからこっちにきて…」
近づき手を差し伸べる藤木に首を振る。
「…帰らない…。
…それに…こんなに濡れちゃったら…もう、帰れないもの…」
紫織は薄い笑みを浮かべると、そのまま海に潜った。
冷たい海水が身体を覆い尽くし、紫織は一瞬息を止めた。
海の中は、仄暗く、不気味な色彩に満ちていた。
けれど紫織は沖に向かって潜り続けた。
…帰らない。
あんな冷たい家に帰らない。
帰りたくない…!
先生と、このままここにいる…ここにいたい…!
呪文のように唱えながら、泳ぎ続ける。
「紫織!」
…藤木の叫び声が、海の中に不明瞭に反響し、次第に遠くなっていった…。
藤木と並んで白い砂浜に座り、ひたすら海を見つめていた。
…二人の手は強く繋がれていた。
永遠に離れることを怖れる恋人同士のように…。
美しい夕焼け空に気の早い一番星が輝き始めた頃、藤木が静かに切り出した。
「…そろそろ帰ろう…。
東京まで三時間はかかる」
紫織は答えなかった。
「…紫織…。おうちのひとが心配する…」
紫織は、小さく首を振った。
「…いや。帰りたくない」
「…紫織…」
優しく肩にかかる手を振り払い、紫織は立ち上がった。
「帰りたくない。帰らない。
だって…帰ったらまた私たち、先生と生徒に戻ってしまう。
そんなの嫌。嫌だわ…!」
叫ぶなり、海に向かって走り出した。
「紫織…!」
藤木が追いかけてくるのも構わずに、海の中にざぶざぶ入る。
…橙色にその水面を染める海は、既に冷たく、紫織の肌を刺すようだ。
けれど紫織はどんどん沖の方へと歩んでゆく。
…膝上、腰の位置に波が容赦なく押し寄せる。
昼間の穏やかな海とは異なり、夕波が荒々しい。
紫織は一瞬、怯んだ。
「紫織!待ちなさい!」
藤木の切羽詰まった声が、背後から近づいて来る。
振り返り、叫ぶ。
「帰らないわ!先生と、ここにいたいの!」
「紫織…。いい子だからこっちにきて…」
近づき手を差し伸べる藤木に首を振る。
「…帰らない…。
…それに…こんなに濡れちゃったら…もう、帰れないもの…」
紫織は薄い笑みを浮かべると、そのまま海に潜った。
冷たい海水が身体を覆い尽くし、紫織は一瞬息を止めた。
海の中は、仄暗く、不気味な色彩に満ちていた。
けれど紫織は沖に向かって潜り続けた。
…帰らない。
あんな冷たい家に帰らない。
帰りたくない…!
先生と、このままここにいる…ここにいたい…!
呪文のように唱えながら、泳ぎ続ける。
「紫織!」
…藤木の叫び声が、海の中に不明瞭に反響し、次第に遠くなっていった…。