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異邦人の庭 〜secret garden〜
第10章 ビーカーとマグカップ 〜甘く苦い恋の記憶〜
「…ただいま…」
がらんと広い綺麗に整っている玄関に、紫織は声をかける。
…返ってくる声は、ない。

蒔子は…大抵母屋にはいない。
離れか茶室か…または華道教室の仕事で留守にしていることが多い。
蒔子は家が好きではないのだ。

亮介ももちろんいない。
多忙な父は、相変わらず商用で世界中を飛び回っている。
…または、その合間を縫って、愛人の元だ…。

休日なので、ハウスキーパーのカヨもいない。
その為、いつも作り置きの食事を作っておいてくれている。

食欲は特にないが、とりあえずお茶を飲みたいと思い、キッチンに向かおうとした紫織の背後から、静かに声がかかった。

「…遅かったのね。紫織さん」
「お母様…!」
振り返り、思わず息を飲む。

秋の花が描かれたブルーグレーの辻が花模様の小紋姿の蒔子が廊下にひっそりと佇んでいた。
廊下は薄暗く、蒔子の白い貌はぼんやりとしか見えない。

「…ただいま帰りました…。お母様…」
挨拶する紫織に、蒔子がゆるりと近づく。

「お友だちのお家に泊めていただいたそうね…?」
蒔子の冷たく澄んだ沈香の薫りがひやりと紫織を取り囲む。

「…はい。美加とお出かけしたら遅くなって…。
美加のお母様のご厚意に甘えてしまいました…」

「…そう…」
蒔子が紫織の目の前に立ち、その古風な御所雛に似た一重の瞳が細められた。
そうして、薄い唇がそっと開かれた。

「…紫織さん。
香水を変えたのですか?」
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