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異邦人の庭 〜secret garden〜
第10章 ビーカーとマグカップ 〜甘く苦い恋の記憶〜
それから二人は、学校では極力言葉を交わさないようにした。
藤木へのお弁当作りは相変わらず密かに続けられた。
藤木との繋がりを解きたくなかったからだ。
けれど、プリント配布やレポート集めを藤木は紫織に頼まず、副委員長や他の生徒にさり気なく声をかけるようになった。
…仕方ないこととはいえ、それは紫織に寂しさと…その生徒に対して嫉妬めいた感情を齎した。


「先生!藤木先生!」
廊下で女生徒が藤木の姿を見つけて駆け寄る。
そうして藤木の白衣の腕に腕を絡め、甘えるように纏わりつく。
紫織は表情を硬くして、美加と傍らを通り過ぎようとした。

「藤木先生、モテるねえ…。
…なんか最近、髪型とか服装とかおしゃれになって来たし…もともと貌はめっちゃイケメンだもんねえ。
一橋からの〜コロンビア大学だし、独身だし…。
ちょ〜優良物件てカンジ」
何も知らない美加が呟いた。

「…そうだね…」

…気にしちゃだめ、気にしちゃだめ…。
呪文のように唱える。

「ねえねえ!先生ってカノジョいるの?」
無邪気な女生徒の声に、紫織は思わず立ち止まる。

間髪を入れず、藤木の返事が返された。
「いるよ」
女生徒が落胆の声を上げる。
「なあんだ。いるのかあ〜。
ねえ、どんな人?」
「…すごく綺麗で可愛くて素敵なひと。
僕にはもったいないひと。
…ほら、もう教室に入って」
さらりと女生徒の腕を離し、そのまま紫織を振り返った。
…紫織にだけ分かる眼差しのサインが送られる。

胸が締め付けられるように切なく疼く。
駆け寄りたい気持ちを必死で抑える。

「行こう、美加。予鈴鳴っちゃう」
そのまま足早に、渡り廊下を渡る。
「あ、うん…」

美加が驚いたように囁いた。
「藤木先生、彼女いるんだね。
ちょっとがっかり」
紫織は曖昧に笑って受け流した。

廊下の角を曲がる時に、思い切って振り返った。

…藤木が職員室の扉の前、紫織に手を挙げ、眩し気に微笑んでいた。

その優しい微笑みに、紫織は泣きたくなるのを堪えるので精一杯だ。






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