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異邦人の庭 〜secret garden〜
第11章 ミスオブ沙棗の涙 〜甘く苦い恋の記憶〜
「…遊覧船って、初めて…」
黒船を再現した遊覧船が下田港を汽笛を鳴らしながらゆったりと出航する。
二階のデッキに立ち、紫織は深い蒼色の海に眼を細めながら呟いた。
潮風は冷たいが、からりと晴れ渡る清潔な陽光が気持ち良い。
「そうなんだ。
家族旅行とかで乗らなかった?」
傍に立つ藤木が紫織の肩を抱いた。
辺りには二人を知るひとはいない。
何も憚ることなく、存分に触れ合うことが出来る。
新鮮で、少し面映ゆい…。
「…私、本当の家族旅行はしたことがないの…。
旅行はいつも父と二人だけ…。
母は…父とは冷え切った関係だから、一緒に旅行なんてあり得なかったの。
…私と旅行することも、なかったわ…」
…そうだ。
母とは、幼い頃から親子なのが嘘のように交わりの希薄な関係だった。
友だちが家族旅行に行って絵日記にその様子を当たり前のように描いているのが不思議だった。
…ほかのひとは、お母様とも旅行に行くんだ…。
やがて紫織は、自分の家がほかの家庭とは少し違うことに気づくのだった。
「…そう…」
藤木の手が優しく紫織の髪を撫でる。
言葉少なだけれどその温もりだけで、充分だった。
「…父は母の分も私を可愛がってくれるけれど、私が日焼けしないようにあんまり海辺には行かなかったの。
父は良くも悪くも野心家なの。
仕事の人脈を広げたいのよ。
だから夏は軽井沢や那須のホテルに泊まって、別荘族のひとたちや在留外国人のホームパーティに連れていかれたわ。
今年の夏も万平ホテルのガーデンパーティに出席させられた…」
…父のもうひとつの思惑は、わかっている。
資産家の御曹司たちと紫織を引き合わせるためだ。
『紫織には俺が三国一の婿を見つけてやる』が口癖だからだ。
この夏も、何人かの富裕な青年たちとの退屈なお茶会に参加したことが脳裏によぎった。
すべての青年たちは、熱心に紫織との交際を望んだ。
けれどもちろん、紫織はきっぱりと断った。
『お父様、私は今はお勉強に専念したいの』
娘の華やかな縁談を期待してはいるが、紫織を溺愛している父はそれはそれでほっとするようで
『まあ、そうだな。まだ早いな』
とあっさり承諾した。
「…きっと紫織はモテたんだろうな…」
ぼそりと呟く声に見上げると、藤木は珍しくやや仏頂面の表情で、遠くを見ていた。
「君の周りに男たちが群がる様子が目に浮かぶよ…」
黒船を再現した遊覧船が下田港を汽笛を鳴らしながらゆったりと出航する。
二階のデッキに立ち、紫織は深い蒼色の海に眼を細めながら呟いた。
潮風は冷たいが、からりと晴れ渡る清潔な陽光が気持ち良い。
「そうなんだ。
家族旅行とかで乗らなかった?」
傍に立つ藤木が紫織の肩を抱いた。
辺りには二人を知るひとはいない。
何も憚ることなく、存分に触れ合うことが出来る。
新鮮で、少し面映ゆい…。
「…私、本当の家族旅行はしたことがないの…。
旅行はいつも父と二人だけ…。
母は…父とは冷え切った関係だから、一緒に旅行なんてあり得なかったの。
…私と旅行することも、なかったわ…」
…そうだ。
母とは、幼い頃から親子なのが嘘のように交わりの希薄な関係だった。
友だちが家族旅行に行って絵日記にその様子を当たり前のように描いているのが不思議だった。
…ほかのひとは、お母様とも旅行に行くんだ…。
やがて紫織は、自分の家がほかの家庭とは少し違うことに気づくのだった。
「…そう…」
藤木の手が優しく紫織の髪を撫でる。
言葉少なだけれどその温もりだけで、充分だった。
「…父は母の分も私を可愛がってくれるけれど、私が日焼けしないようにあんまり海辺には行かなかったの。
父は良くも悪くも野心家なの。
仕事の人脈を広げたいのよ。
だから夏は軽井沢や那須のホテルに泊まって、別荘族のひとたちや在留外国人のホームパーティに連れていかれたわ。
今年の夏も万平ホテルのガーデンパーティに出席させられた…」
…父のもうひとつの思惑は、わかっている。
資産家の御曹司たちと紫織を引き合わせるためだ。
『紫織には俺が三国一の婿を見つけてやる』が口癖だからだ。
この夏も、何人かの富裕な青年たちとの退屈なお茶会に参加したことが脳裏によぎった。
すべての青年たちは、熱心に紫織との交際を望んだ。
けれどもちろん、紫織はきっぱりと断った。
『お父様、私は今はお勉強に専念したいの』
娘の華やかな縁談を期待してはいるが、紫織を溺愛している父はそれはそれでほっとするようで
『まあ、そうだな。まだ早いな』
とあっさり承諾した。
「…きっと紫織はモテたんだろうな…」
ぼそりと呟く声に見上げると、藤木は珍しくやや仏頂面の表情で、遠くを見ていた。
「君の周りに男たちが群がる様子が目に浮かぶよ…」