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異邦人の庭 〜secret garden〜
第11章 ミスオブ沙棗の涙 〜甘く苦い恋の記憶〜
そぞろ歩きの途中、古いカフェに入り一息ついた。
そこは築百五十年というなまこ壁と木の格子が一際印象的な外観の珈琲店であった。

室内の調度品もアンティークで趣味良くまとめられ、古めかしくもどこか新しいような不思議に居心地の良い空間であった。
…店内には静かにシャンソンが奏でられている。

藤木は珈琲を、紫織はカフェオレをオーダーした。
…二人でカフェに入るのも初めてだわ…。
何をするのも新鮮で楽しい。

何気ない会話も、藤木とすると新しい発見に満ちていて、時間はあっという間に過ぎていってしまう。

「紫織は大学はどこを受けるの?」
藤木が教師らしい質問をした。
来年はいよいよ高校三年生になる。
大抵の生徒は大まかな志望校は決めてあるものだ。

「…まだはっきりとは決まっていないけれど、先生と同じ一橋を受験してみようかな…て」
恥じらいながら答える。
一橋は難関国立大だ。
成績が学年トップの紫織でも、一年間真剣に勉強しなくては簡単には合格できないだろう。

「…私、先生みたいに香りの研究をしてみたいの。
そして将来は香りに関わる仕事をしてみたい」
…本当はね…。
本音を告げてみる。
「…海外の大学に進学したかったの…。
母から離れたかったから…。
母から離れて深呼吸できる場所で、新しい人生を始めたかったの…」
「…そう…」
温かな慈愛の眼差しで見つめる藤木に微笑む。
「でも、先生に出会えたからもう大丈夫。
私には先生がいるわ。
日本で、先生のそばでたくさん勉強して成長してゆきたい。
先生に釣り合うような素敵な大人の女性になりたい」

長い腕が伸ばされ、幼な子にするように頭を撫でられる。
「…応援するよ。
紫織が誰よりも幸せで素晴らしい人生が送れるように…」
「…先生がそばにいてくれたら、何でもできるわ…」

「…紫織…」
藤木が真剣な眼差しで続けた。
「僕は君を幸せにしたい。
そのために僕は何が出来るか…ずっと考えている…」
「…先生…」
…榛色の瞳に微かな憂いの色を読み取り、紫織はほんの僅かな不安を抱いた。
…私は、まだ先生のことをすべてわかっているわけじゃない…。
だから、願いを込めて告げる。

「私の幸せは先生とずっと一緒にいられることだけよ…。
それだけで、何もいらないの」

「…紫織…」
…男の答えは、紫織の手に重ねられたその温かな温もりだ。






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