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異邦人の庭 〜secret garden〜
第11章 ミスオブ沙棗の涙 〜甘く苦い恋の記憶〜
「…婚約…」
紫織の白い手から、調査書が力なくひらひらと床に落ちる。

「全く、最低の教師だ!
生徒に手を出しただけではなく、自分は何食わぬ貌で婚約をして…。
挙げ句の果てには紫織を弄び、騙し続けていたんだな!」
亮介が忌々しげに叫んだ。

「…先生…うそ…よね…?」
紫織は崩れ落ちそうになりながらも懸命に藤木に取り縋る。
…ちゃんと…ちゃんと先生の口から、真実を聞かなければ…。
「婚約なんて…嘘でしょう?
何かの間違いでしょう?
…だって…先生は私を愛している…て…。
結婚しよう…て…」
藤木の榛色の瞳が、一度深く閉じられ…やがてゆっくりと開かれた。
…不意に、男のコートを掴む紫織の手が邪険に振り払われた。

「…せん…せい…?」
…何をされたのか、理解ができなかった。

そんな紫織をちらりと見遣ると、男はさも可笑しくて堪らないように低い声で笑いだした。
その笑いはいつまでもいつまで続いた。

「何が可笑しい!」
業を煮やした亮介が怒鳴りつける。

「…いや、失礼…。
…愛だ結婚だなんて言葉は、男が女を落とす時に使う常套句なんですよ。
お父さんもご存知でしょう?
…紫織さんは、さすがは深窓のお嬢様だ。
美人で頭が良くて真面目で純粋で…人を疑うことを知らない。
そんなお嬢さんを騙すのは、赤子の手を捻るより簡単でしたよ」

…このひとは…誰なんだろう…。
私の知っている先生じゃない…。
茫然とする頭の中、紫織は必死に言葉を探し続ける。
「…嘘…嘘よ…そんな…。
先生…嘘を吐いているわ…!」
泣きながら、藤木の腕にしがみつく。
「…愛している…て…言ったじゃない…!
将来は結婚しよう…て…。
一緒に生きていこう…て。
約束したじゃない…!」

藤木の榛色の瞳が、冷ややかに紫織を見下ろした。
そうして、縋り付く腕を再び突き放すと、大きなため息を吐いた。

「うるさいな。
そんなの君を垂らし込むための口実に決まっているじゃないか。
…処女はこれだから面倒くさい…」
藤木はその形の良い唇を歪め、酷薄な笑みを浮かべ言い放った。

「…厳格な名門女子校の教師なんて、ストレスだらけの生活だったからね。
君と付き合ったのは単なる憂さ晴らしだよ。
…まさか、本気にしていたとはね。
本当に世間知らずなお嬢様だな」

藤木の破裂音に似た笑い声が、静まり返った室内に響き渡った。



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