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異邦人の庭 〜secret garden〜
第3章 コンテ・ド・シャンボールの想い人
「紗耶ちゃん、エアコンの風、寒くない?」
千晴が助手席のエアコンの送風口に手を当て、気にしてくれる。
「…大丈夫です…」
紗耶は硬い表情のまま、短く返事をした。

…千晴の車に一人で…しかも助手席に乗るのは初めてで、緊張しているのだ。

千晴の車は深い深い海のような色のドイツ車だった。
紗耶は車には疎いのでよく分からないが、千晴にとても似合う洗練された美しい車だと思った。

「そう…。楽にしてね」
穏やかに笑いながら、ハンドルを握る千晴からは、オリエンタルな深みのある白檀の薫りが仄かに漂う。

…このアロマの配合は…
紗耶はずきりと痛む胸を無意識に抑える。

…お母様のアロマだ…。
お母様のラボで嗅いだことがあるもの…。
恐らく紫織が、千晴のために調合したのだろう…。
…紫織は時折、政彦と一緒に高遠本家に行く。
その時に渡しているのだろうか。
…それとも…二人きりで…


「…紗耶ちゃん」
不意に話しかけられ、はっと我に帰る。
「…はい…」
慌てて千晴を振り仰ぐと、優しい…けれど少し寂しげな瞳と眼が合った。
「…紗耶ちゃん、僕を避けてる?」
「…え…」
「もしかして…僕は嫌われてしまったのかな?
最近、少しも家に遊びに来てくれないし、お茶会でも気がつくと一人で帰ってしまっているからさ」
わざと戯けるように言う千晴に、首を振る。
「そんなこと…ないです」
「本当に?」
「…はい…」
千晴の引き締まった端正な横貌が柔らかく和む。
「良かった…。
…紗耶ちゃんに嫌われたらどうしようかと思った…」
しみじみとした声とともに安堵の吐息が広がる。
…その声と表情は、とても率直で…お世辞や社交辞令には見えなかった…。

「…ずるい…です…」
思わず声に出た。
「え?何?」
右折の交差点に差し掛かり、ハンドルに気を取られ千晴が聞き返す。
紗耶は必至に首を振る。
「なんでも…ないです…」

…ずるい…千晴お兄ちゃまは、ずるい…。
そんな風に言われたら…お兄ちゃまを諦められなくなるのに…。

紗耶はそっと俯いた。
口数が少なく大人しい紗耶に慣れている千晴は、気にすることもなく運転に集中する。

…白いセーラー服の紺色の襞スカートの上に揃えた手の甲に、小さな涙が一粒だけ溢れ落ちたのを、千晴は知る由もない。


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