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異邦人の庭 〜secret garden〜
第12章 ミスオブ沙棗の涙 〜遠く儚い恋の記憶〜
大学に入学し、紫織は家庭教師のアルバイトを始めた。

「アルバイトなんてせんでも、お小遣いくらいたくさんあるやろ?
足りんなら私があげるのに…」
曄子は不満そうだったが、紫織は辞めなかった。
紫織には、密かな夢があったのだ。

…大学を卒業したら、アロマの勉強をしにパリに留学したい。
そのために、自分のお金を貯めて、自分の力で旅立ちたい。

曄子は紫織をまるで本当の娘のように可愛がり、養女にしたいという話まで出ていた。
これは流石に亮介が良しとしなかったが、それでも曄子は紫織が大学卒業後も、手元に置きたいようであった。

紫織は曄子には感謝していた。
厳しくも実は温かい心根の曄子は、紫織に礼儀作法や教養や品格を授けてくれた。
藤木と引き裂かれたのち、新天地で前を向いて生きてこられたのは曄子のお陰でもある。

…けれど、紫織には夢があった。

いつか、アロマテラピストになりたい。
ずっと大切に温め続けていた夢だった。

その夢に向かって、紫織はこつこつと為すべきことをしていたのだ。


…そうして、紫織が二十歳を迎えた春のことだった。

銀閣寺そばの料亭の息子の家庭教師の帰り道、桜や雪柳が美しく咲き誇る哲学の道を、ゆっくり散策していた。
…黄昏どきの桜は、格別に美しいわ…。

夕暮れの哲学の道をゆっくり歩くことは、紫織のひそかな楽しみであった。

…いつか、桜の頃に来ようね…。

遠い過去からの幻のような声が蘇る…。

…そんなことを言ったひとがいたっけ…。

紫織は寂しく微笑む。
…まだ、想い出になるには、もう少し時間が必要だった。
胸がずきりと痛んだ。


なんだか立ち去り難く、見事な枝垂れ桜をじっと見上げていると、背後から不意に声がかけられた。

「…紫織さん?
…北川紫織さんですか?」
振り返る先に佇んでいたのは…

紫織は大きな瞳を見張った。

「…堂島さん…?」

…藤木の友人で、下田のペンションのオーナーの堂島悠介、その人であったのだ。
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