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異邦人の庭 〜secret garden〜
第12章 ミスオブ沙棗の涙 〜遠く儚い恋の記憶〜
近づいてくる紫織を眩しげに見つめながら、堂島は笑った。
「…紫織さんは今日も本当に綺麗ですね。
…そのパウダーピンクのワンピース、色白の紫織さんによくお似合いですよ。
髪型もとても可愛い」
如才なく褒める口調も嫌味がない。
しなやかに助手席のドアを開ける仕草といい、如何にも女慣れしている風である。
車内に流れる音楽も紫織に合わせてか、ベルリン・フィルが奏でるバレエ音楽…チャイコフスキーだ。
話題も途切れることはないし、かと言って喋りすぎることもない。
楽しい会話をリードしつつ、紫織の話を上手く聞き出し熱心に相槌を打ってくるし、その話題に相応しいエピソードも出しゃばらない程度に披露する。
そこにさりげない気配りと、そして成熟した男性の頼もしさを感じさせるのだ。
…恐らくは堂島には付き合っている恋人がずっと途切れずにいたのだろう。
彼の華やかな恋愛遍歴を想像させるに充分なものだった。
けれど、それは紫織に気を遣わせない安心感を齎らし、案外に心地良いのだった。

…藤木先生のときは…ずっとドキドキしてばかりだったわ…。
その美しい榛色の瞳や、繊細な横貌や、綺麗な手をよく盗み見したっけ…。

思い出が、宛らからくり箱を開けたように蘇りそうになり、慌てて眼を閉じる。

…思い出してはいけない…。
なぜなら…藤木との恋は、終わったのだから…。

…あの男は…もうほかのひとのものなのだ…。

…あの恋は、もう想い出に変えなくてはならないのだ…。

それは、何度自分に言い聞かせても、決して慣れることのない哀しい喪失感であった。

「…紫織さん?
どうしましたか?」
気遣わしげに、運転席の男が紫織を覗き込む。

紫織は小さく首を振り、明るく微笑んで見せた。

「…今日は伏見稲荷大社でしたね。
山頂までかなり歩きますよ。
堂島さん、途中でバテないように頑張って下さいね」

堂島は戯けて、わざと生真面目に敬礼のポーズをした。
「了解です。北川隊長!」

二人は同時に吹き出し、車内はほのぼのとした空気に包まれた。


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