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異邦人の庭 〜secret garden〜
第12章 ミスオブ沙棗の涙 〜遠く儚い恋の記憶〜
「…紫織さん、あんた来週の土曜日、空いとる?」
二月の京都は深々と冷え込み、底冷えがする。
茶の湯教室の準備を終え一段落し、温かなミルクティーでも淹れようとキッチンに立っていた紫織はその声に振り返った。

…曄子が教室用の典雅な疋田絞りの小紋姿で佇んでいた。
こうして見ると、曄子はなかなかに派手やかな美人だ。

「…紫織さん。あんた、撫子色のお着物、よう似合うなあ」
紫織のお稽古用の色無地の着物を褒めながら、帯を少し直してくれる。
「もう一枚、綸子の色無地作っておいてもええなあ」
と、相好を崩す。
曄子は紫織に綺麗な着物を着せるのが趣味なのだ。

「来週ですか?
…大丈夫ですけれど…」
大学四年生の紫織は卒業論文も提出し、あとは卒業式を待つばかりだ。
三月から留学と渡航の準備を本格的に始めるので忙しくなるが、二月中は比較的に時間がある。
家庭教師のアルバイトと、曄子の教室のアシスタントくらいだ。

「そしたら嵐山に行ってほしいねん」
「嵐山?」
「ふん。
嵐山の山科さん…知っとるやろ?」
「…ええ。
叔母様の女学校時代のご友人ですよね?」
時々、こちらに遊びに来る曄子の一番の仲良しだ。
「ふん。
その山科さんとこの香道教室の手伝いに行ってほしいねん」
「…香道教室?
…でも…私、香道は全くの素人ですよ?
一、二度叔母様とご一緒にお邪魔したくらいで…」

曄子の友人の山科逸子は自宅離れで長年香道教室を主宰している。
紫織がアロマテラピーの勉強をしにフランスに渡りたいと聞いて
「ほんなら紫織さん、日本のお香もちいっとは齧っとかんとあかんよ」
と誘ってくれたのだ。

「ええねん。
いつものアシスタントさんが指、骨折してしもうて来られへんから紫織さんにピンチヒッターで来て欲しいて言ってはるねん。
難しいことはせんでもええて。
ただ、お客人のご案内とご接待を頼みたい…てなあ」

…なんでもなあ…
曄子はとっておきの秘密を話すように声を潜めた。

「…あの高遠家一族の奥様と息子はんが東京からお見えになるゆうて、山科さんえらい気張ってはるのよ。
粗相があったらあかん言うてなあ…」

紫織は長い睫毛を瞬いた。

「…高遠家…て、あの高遠家ですか?」


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