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異邦人の庭 〜secret garden〜
第13章 ミスオブ沙棗の涙 〜初恋のゆくえ〜
「何を言っているの?紫織さん…」
千晴が怪訝そうに美しい眉を顰める。
意味が全く分からないといった風だ。

「…貴方は私を愛しているわけではないわ。
貴方が愛しているのは、私に重ねたお母様の幻…。
あるいは、お母様に生写しの私を恋しく思っていただけなのよ…」

…そう。
そんなこと、最初から分かっていたわ…。
分かっていたけれど…。
この美しい鳶色の瞳に、熱く見つめられるのが、嬉しかったのだ。

…まるで…

あのひとに、見つめられているようだったから…。

「紫織さん…。なぜそんなことを今ごろ…」
千晴はやや腹立たしげに瞬きをした。

…けれど…

この美しい男を、あの心優しい娘に返してあげなくてはならない…。
紗耶…
あの純粋で素直で無垢な娘に、私はどれだけ救われたか分からない。
紗耶を授かったことは、私の人生の恩寵だった。
だから、私の愛おしい娘の初恋を成就させてやらなくてはならない…。

「…私が、貴方を愛してはいないからよ」
千晴の端麗な貌が傷ついたように歪んだ。
その、子どものようにイノセントな表情に、紫織の胸はずきりと痛む。
…けれど、だからこそ言わなくてはならないのだ。

「そして、貴方も本当の私を愛してはいないわ。
…貴方が無意識にずっと愛していたのは、紗耶だもの」

千晴の美しい鳶色の瞳が驚いたように見開かれた。

「紫織さん…」

「今まで気づかなかったの?
私は気づいていたわ。
ずうっと前から…」
紫織は寂しげに微笑った。

…気づいていたけれど、手放せなかったのだ…。
手放したくなかったのだ。
美しい鳶色の瞳に見つめられる甘いときめきに…。
…あの初恋が、蘇るような気がしたから…。
なんてエゴイストな醜い、嫌な私…。

千晴の瞳をじっと見上げる。

…その美しい鳶色の瞳は、やはりあのひとの瞳ではないのだ。

…私もまた、あの恋の幻を、この美しい男に重ねていただけなのだ。

「…貴方が愛しているのは紗耶よ。
私ではないわ。
あの娘が小さな頃から、貴方はずっと紗耶を見守ってきたじゃない。
まるで大切な綺麗な宝物を見るような…それはそれは、優しい眼差しで…」

「…紫織さん…」
息を呑む千晴の白皙の頰にそっと触れる。

そうして、慈しみのみで満たされた微笑みを送りながら、静かに手を離す。

「…あれが愛ではなくて、何だというの…?」

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