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異邦人の庭 〜secret garden〜
第13章 ミスオブ沙棗の涙 〜初恋のゆくえ〜
蒔子は数年前から心の病いを患っており、入退院を繰り返していた。
最近は足の筋肉の衰えもあり、車椅子生活だ。

「…紫織さん、今日は紗耶ちゃんは?」
紗耶を探すように、蒔子はあたりを見回す。

「紗耶はお嫁に行ったのよ、お母様」
…時々こんなふうに、ふと記憶が甦ることもあるのだ。
「そうなの。
お嫁様になったの。
…紗耶ちゃんは良い子よね。
素直で優しくて可愛らしくて…本当に良い子。
だからきっと良いお嫁様になるわ」
独り言のようににこにこと繰り返す蒔子を、紫織は不思議な思いに囚われながら見つめた。

蒔子は紗耶が生まれたときからずっと紗耶贔屓だ。
紫織には相変わらずひんやりとした他人行儀な態度しか取らないが、紗耶には別人のように甘く優しい表情を見せた。
…自分にも見せたことのない笑顔を、紗耶には惜しげもなく与えるのだ。
だから、紗耶も蒔子に大層なついていた。
最近、記憶がまだらになり、精神的に不安定になっていった蒔子のことを、紗耶はとても胸を痛め心配していたのだ。

「今度は紗耶とお見舞いに来るわ、お母様…」
…宥めるように言いかけて…

「…お母様は、紗耶が私に似ていないからお好きなのよね…」
ずっと心の奥底に秘めていた言葉を投げかけた。

蒔子が不思議そうな表情で紫織を見上げた。
「…紫織さん…?」

「…私がお嫌いだから、紗耶を可愛がるのでしょう?
そうでなければ、私が産んだ娘をお母様が可愛く思われるはずがないもの。
…お母様は私のことを憎んでいらっしゃるのだから…」

遠い昔の恋の記憶が、思い出すのも辛い母親との確執を思い起こさせたのだ。
目を逸らしていた蒔子との心の諍いを…けれど今、それを乗り越えなくてはならないのだと気づいたのだ。

…お母様との関係を、私自身が克服しなければ、私は過去に囚われたままだわ…。

「お母様はずっと私を憎んでいらしたのよ。
私が生まれたときからずっと…!
私を愛おしく思われたことなど一度もなかったのだわ…!
そうでしょう⁈」

溜まりに溜まった心の叫びが熱く露わに迸る。
記憶が曖昧な、もう当の本人ではなくなりかけている蒔子にだから、ぶつけられたのかも知れない。

「…それは違うんよ。紫織さん…」
その声に振り返り、眼を見張る。

「曄子叔母様…!」


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