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異邦人の庭 〜secret garden〜
第3章 コンテ・ド・シャンボールの想い人
…千晴お兄ちゃま…。
ドア越しの千晴の言葉に、体温がじわりと上がる。
「紗耶ちゃんは僕にとって可愛くて、とても大切な存在だ。
君の成長を近くで見続けていたかった。手助けしたかった。
…勝手だよね。
本当にごめん。
…紗耶ちゃんは自由に選んでいいんだ。
大学も、進路も、友だちも…それから…恋人も…」
…「恋人」のひとことに、紗耶の胸は甘く締め付けられる。
「…自由に、生きていいんだよ…。紗耶ちゃん」
紗耶は悴んだ白い手を、そっとドアに押し当てる。
…千晴お兄ちゃまが、このドア越しにいる…。
そう思うだけで、手のひらが熱く熱を持つ。
…千晴お兄ちゃま…
紗耶の唇がその名を形作ろうとしたその時…
「…だから、紫織さん…お母様のことを許してあげてほしい」
…ドアに触れていた紗耶の手がびくりと震え…そのままその手は力なく、下に降ろされる。
「お母様は紗耶ちゃんを心から愛している。
紗耶ちゃんのことを心配している。
分かってあげて、紗耶ちゃん…」
…やっぱり…やっぱりそうか…。
紗耶は再びドアに背中を預け、俯いた。
…やっぱり、千晴お兄ちゃまはお母様を愛しているんだ…。
だから、お母様をとても思い遣られるんだ…。
「じゃあね、紗耶ちゃん…。おやすみなさい…」
穏やかな優しい声が響き…密やかな足音も次第に遠ざかってゆく。
…でも…、私は…。
…『紗耶ちゃんは、自由に生きていいんだよ』…
千晴の声が、甦る。
貌を上げ、窓枠の薔薇を見つめる。
…夜目にも白く薫り高く咲き誇る薔薇たち…。
まるで、紗耶を秘かに励ましているようだった。
紗耶は立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。
渾身の勇気を振り絞って押し開け、小さく叫んだ。
「…千晴お兄ちゃま…!」
廊下に立つ千晴が驚いたように振り返る。
「…紗耶ちゃん…」
紗耶は精一杯の笑顔を浮かべた。
小さいけれど、はっきりと告げる。
「おやすみなさい。千晴お兄ちゃま…」
…それ以上の言葉は、思い浮かばなかった。
この言葉と…この不器用な笑顔が、千晴への愛の表現だ。
千晴はゆっくりと…少し眩しそうに端正な目を細め、包み込むように微笑った。
「…おやすみ、紗耶ちゃん」
…そして…
「…ありがとう…」
…五月の夜の美しい薔薇は、優しく密やかに、切ない恋の薫りを運んでくるのだ…。
ドア越しの千晴の言葉に、体温がじわりと上がる。
「紗耶ちゃんは僕にとって可愛くて、とても大切な存在だ。
君の成長を近くで見続けていたかった。手助けしたかった。
…勝手だよね。
本当にごめん。
…紗耶ちゃんは自由に選んでいいんだ。
大学も、進路も、友だちも…それから…恋人も…」
…「恋人」のひとことに、紗耶の胸は甘く締め付けられる。
「…自由に、生きていいんだよ…。紗耶ちゃん」
紗耶は悴んだ白い手を、そっとドアに押し当てる。
…千晴お兄ちゃまが、このドア越しにいる…。
そう思うだけで、手のひらが熱く熱を持つ。
…千晴お兄ちゃま…
紗耶の唇がその名を形作ろうとしたその時…
「…だから、紫織さん…お母様のことを許してあげてほしい」
…ドアに触れていた紗耶の手がびくりと震え…そのままその手は力なく、下に降ろされる。
「お母様は紗耶ちゃんを心から愛している。
紗耶ちゃんのことを心配している。
分かってあげて、紗耶ちゃん…」
…やっぱり…やっぱりそうか…。
紗耶は再びドアに背中を預け、俯いた。
…やっぱり、千晴お兄ちゃまはお母様を愛しているんだ…。
だから、お母様をとても思い遣られるんだ…。
「じゃあね、紗耶ちゃん…。おやすみなさい…」
穏やかな優しい声が響き…密やかな足音も次第に遠ざかってゆく。
…でも…、私は…。
…『紗耶ちゃんは、自由に生きていいんだよ』…
千晴の声が、甦る。
貌を上げ、窓枠の薔薇を見つめる。
…夜目にも白く薫り高く咲き誇る薔薇たち…。
まるで、紗耶を秘かに励ましているようだった。
紗耶は立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。
渾身の勇気を振り絞って押し開け、小さく叫んだ。
「…千晴お兄ちゃま…!」
廊下に立つ千晴が驚いたように振り返る。
「…紗耶ちゃん…」
紗耶は精一杯の笑顔を浮かべた。
小さいけれど、はっきりと告げる。
「おやすみなさい。千晴お兄ちゃま…」
…それ以上の言葉は、思い浮かばなかった。
この言葉と…この不器用な笑顔が、千晴への愛の表現だ。
千晴はゆっくりと…少し眩しそうに端正な目を細め、包み込むように微笑った。
「…おやすみ、紗耶ちゃん」
…そして…
「…ありがとう…」
…五月の夜の美しい薔薇は、優しく密やかに、切ない恋の薫りを運んでくるのだ…。