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異邦人の庭 〜secret garden〜
第13章 ミスオブ沙棗の涙 〜初恋のゆくえ〜
翌日、紫織は有楽町にある東京国際フォーラムにいた。
このホールで開かれる世界的に有名なフランス人のアロマテラピストの講演会を聞くためだ。

…昨日は母と生まれて初めて分かり合えたような気がした。
不思議なものだ。
何だか身も心も穏やかで、久しぶりにアロマテラピーの勉強を猛烈にしたい意欲に駆られたのだ。

講演会はすべてフランス語で行われた。
同時通話も聴けるが、紫織は自分の耳でなるべく聴くようにした。
…以前のフランス語の学習が役に立ち、大分聴き取れたのが嬉しかった。

一流のアロマテラピストの話は大いに紫織の刺激となった。
アロマテラピーは今や、医学的にも認められ、たくさんの現場で確実に効果を上げているのだ。
セラピー療法や認知症予防、あるいは認知症治療にも役立っている。
欧米は日本より遥かにその存在意義が多様化しているのだ。

…私なんて、まだまだだわ。
紫織は自分の不勉強さを反省し、これからの目標や展望に明るい気持ちになった。

講演会が終わり、紫織はホワイエに降りる。
高名な欧州の建築家が手掛けたこのホールのホワイエは、地上空間にすべて面していて、驚くほどに開放的だ。
ホワイエは芸術的な硝子に覆われており、夜間のイルミネーションが灯ると外からは、さながら天使が翼を広げたかのようにファンタスティックな美しさを呈しているのだ。

紫織は硝子貼りの窓辺に佇み、幻想的とも言える都会の夜景に思わず眼を奪われた。

…煌びやかな夜の景色を映す硝子は、そのまま鏡となる。
そこに佇む紫織は、まるで夜の宙空に浮かび上がっているようだ。


ぼんやりと、その景色に見惚れている紫織の耳に、その声は不意に響いてきたのだ。


「…紫織…?」

…懐かしい…忘れ得ぬ声だった。

…心臓が止まるかと思った。

…まさか…
そんなはずはない…。
混乱する頭の中で、必死に否定する。

…だって…
あのひとは、日本にはいないのだから…。

あのひとのはずがない…。

…けれど、振り返るのが怖い。

もし、そうだったら…

いいえ…。

…もし、そうではなかったら…?

紫織は意を決して振り返る。

紫織の長い睫毛が震えながら瞬かれた。
薄紅色の唇が戦慄く。

「…藤木…先生…!」




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