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異邦人の庭 〜secret garden〜
第13章 ミスオブ沙棗の涙 〜初恋のゆくえ〜
二人は神楽坂のこじんまりとした料亭に場所を移した。

「ここは母の古い友人がやっている店なんだ」

品の良い七十絡みの女将が、離れの個室に柔かに案内してくれた。

「お母さん、お元気かしら?芳人ちゃんが帰国して夕季子さん、喜んでいらっしゃるでしょう?」
「はい…。お陰様で…。息災にやっているようです」
…短いやり取りで、藤木の母親が元気なことが分かり、ほっとする。

「…お料理、ゆっくり運ばせて頂きますね…。
何かありましたら呼んでください…」

なんとなく二人が訳ありなのを察したらしい女将が去り、紫織はそっと告げた。

「お母様、お元気なのね…。
良かったわ…」
藤木が紫織をじっと見つめる。
「…紫織…。
君は…どこまで知っているの…?」

紫織は小首を傾げ、寂しげに微笑んだ。
「…私が知っていることがすべて真実かどうかは分からないけれど…。
恐らく大半は真実なんだと思うわ…。
だから、お母様がお元気で良かったと思うの…。
…だって…先生はお母様の為にすべてを捨てたのでしょう?」
…高校教師の職も…私も…何もかも…。

藤木が息を呑み…深く吐息を漏らした。

「…そう…。
僕は母を見捨てることができなかった。
だから、すべてを捨てた…。
仕事も、今までの生活も、プライドも…。
…そして何より大切な…誰よりも愛していた君を…。
酷いやり方で傷つけ、冷酷に捨てた…。
僕は…人でなしだ。
…ずっと…君に謝りたかった…。
けれど、謝ることすら許されないと思っていた。
君の前にもう二度と現れてはならないと、決めていたんだ」

…けれど…

藤木が絞り出すように言った。

「…心に嘘は吐けなかった。
僕は君と別れてからもずっと、君だけを愛していた」

恐ろしいことを聴いたかのように紫織は震えながら首を振った。
「やめてください…」

「妻は…強引なところはあったが、悪い人ではなかった。
母を助けてくれたことは今も感謝している。
一流の外科医で、アグレッシブなひとだった。
僕のことをとても愛してくれていた。
だから僕も良い夫になろうと努力した。
…けれど、駄目だった。
なぜなら僕は君しか、愛せなかったからだ。
君をずっと忘れられなかった。
…紫織…。
僕は今も、君を愛している…!」

熱い言葉とともに、卓の上に置かれた紫織の白い手が強く握りしめられた。









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