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異邦人の庭 〜secret garden〜
第13章 ミスオブ沙棗の涙 〜初恋のゆくえ〜
「…そんな…やめて…」
…私の気持ちを、これ以上掻き乱すのは…。
「…すまない。…もう言わないよ…」
…と、詫びたのち、藤木は淡々と語り続けた。
「…妻とはずっと話し合ってきた。
僕はこれ以上、彼女を欺き…何より自分を欺き続けることに耐えられなくなっていたからだ。
慰謝料でも何でもできるだけのことはするから、離婚して欲しいという僕に、息子が十八歳になるまで待って欲しいと、彼女は言った。
それだけが唯一の願いだという彼女の希望を受け入れた。
…それで…今年、離婚が成立して帰国したんだ」
「…そう…」
…なんと返答したら良いのか、紫織にはもう分からなかった。
押し黙る紫織に、藤木はふっと微笑いかけた。
「…心配しなくていいよ、紫織。
だから君にどうして欲しいと言うつもりもない。
君は今、とても幸せな結婚生活を送っているのだからね。
それを壊す気はない。
…僕にそんな権利はない」
「…先生…」
やや重く、沈んだ場の空気を変えるように、藤木が明るく切り出した。
「実は今回、母校の恩師が僕がコロンビアで上梓した論文を推薦してくれてね。
M大理学部の教授職への就任が決まったんだ」
「…M大…?」
一瞬どきりとした。
「うん。
M大は文系の大学だから理系はやや脆弱なところがあるからね。
学長らは新しい分野の研究者を誘致したいと考えていたらしい。
…だからこれから日本で講義と研究も出来ることになったよ。
息子も日本の大学に通うことになったし、彼が日本に慣れるまでサポートをしてあげなくちゃね。
父子二人三脚で頑張るよ」
「…そうなの…。
それはおめでとう…」
…大学は広いわ。
紗耶が通っている文学部のキャンパスと理学部のキャンパスは区も違うし、会うこともないでしょう…。
紫織はそう自分に言い聞かせて、朗らかに笑った。
「…じゃあ、先生と息子さんの新しい日本の生活に、乾杯しましょう…」
紫織は冷たく冷えたままの白ワインのグラスを掲げた。
「…ありがとう。紫織」
藤木も微笑み、杯を掲げる。
「…乾杯」
かちりとグラスが合わさる。
微かに手が触れ合い…紫織はさり気なく離す。
…けれど、藤木の手の温もりは、それから長く紫織から去ることはなかったのだ…。
…私の気持ちを、これ以上掻き乱すのは…。
「…すまない。…もう言わないよ…」
…と、詫びたのち、藤木は淡々と語り続けた。
「…妻とはずっと話し合ってきた。
僕はこれ以上、彼女を欺き…何より自分を欺き続けることに耐えられなくなっていたからだ。
慰謝料でも何でもできるだけのことはするから、離婚して欲しいという僕に、息子が十八歳になるまで待って欲しいと、彼女は言った。
それだけが唯一の願いだという彼女の希望を受け入れた。
…それで…今年、離婚が成立して帰国したんだ」
「…そう…」
…なんと返答したら良いのか、紫織にはもう分からなかった。
押し黙る紫織に、藤木はふっと微笑いかけた。
「…心配しなくていいよ、紫織。
だから君にどうして欲しいと言うつもりもない。
君は今、とても幸せな結婚生活を送っているのだからね。
それを壊す気はない。
…僕にそんな権利はない」
「…先生…」
やや重く、沈んだ場の空気を変えるように、藤木が明るく切り出した。
「実は今回、母校の恩師が僕がコロンビアで上梓した論文を推薦してくれてね。
M大理学部の教授職への就任が決まったんだ」
「…M大…?」
一瞬どきりとした。
「うん。
M大は文系の大学だから理系はやや脆弱なところがあるからね。
学長らは新しい分野の研究者を誘致したいと考えていたらしい。
…だからこれから日本で講義と研究も出来ることになったよ。
息子も日本の大学に通うことになったし、彼が日本に慣れるまでサポートをしてあげなくちゃね。
父子二人三脚で頑張るよ」
「…そうなの…。
それはおめでとう…」
…大学は広いわ。
紗耶が通っている文学部のキャンパスと理学部のキャンパスは区も違うし、会うこともないでしょう…。
紫織はそう自分に言い聞かせて、朗らかに笑った。
「…じゃあ、先生と息子さんの新しい日本の生活に、乾杯しましょう…」
紫織は冷たく冷えたままの白ワインのグラスを掲げた。
「…ありがとう。紫織」
藤木も微笑み、杯を掲げる。
「…乾杯」
かちりとグラスが合わさる。
微かに手が触れ合い…紫織はさり気なく離す。
…けれど、藤木の手の温もりは、それから長く紫織から去ることはなかったのだ…。