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異邦人の庭 〜secret garden〜
第13章 ミスオブ沙棗の涙 〜初恋のゆくえ〜
足早に歩き出した紫織の背中に、その声は掛かった。

「…紫織…!」
反射的に振り返るその先に、タクシーから慌ただしく降り立つ藤木の姿があった。

「…先生…?」
驚く紫織に藤木は大股で近づくと、いきなり肩を掴んだ。

「…ひとつだけ、聞かせてくれ。
君は本当に、僕をもう愛していないの?」

紫織は息を呑む。

「本当にもう愛していないのなら、僕は君を諦める。
けれどまだ、僕のことを思ってくれているのなら、僕はやはり君を諦められない」
「…先生…」

絶句する紫織に、藤木はまるで口づけをするような距離まで近づき、低く激しく掻き口説く。

「…愛していないと言ってくれ…。
そうすれば、僕はもう二度と君の前に現れない」

紫織の長い睫毛が震える。

「…そんな…」
…言わなくては…。
貴方など愛していないと…
今すぐに言わなくては…。
言って、この手を振り解かなければ…。
…そうでなければ、私は…

「…さあ、紫織…」
…何度も夢に見た美しい榛色の瞳は、目の前にある…。

震える紫織の口唇が、その言葉を小さく告げる。

「…愛していないわ…」
溢れいでた言葉を悔いるように、口唇を噛み締める。

藤木が熱い眼差しで紫織をじっと見つめる。

「…嘘だ…。
君は嘘を吐いている」

紫織は狼狽えた。
「…嘘…?
嘘なんて吐くはずがないわ…」

藤木が静かに微笑み、紫織の口唇に手を伸ばした。
「…君は嘘を吐く時に、この可愛い口唇を必ず噛み締める。
…昔と少しも変わってはいない…」

紫織の喉元から悲鳴のような声が上がる。
男の手を振り解き、その引き締まった胸元を強く掴みかかる。

「愛していないわ!貴方なんか!
私をあっさりと捨てて、ニューヨークに行って、他の人と結婚した!
そんな冷酷な貴方なんか!
二十年以上もいつまでも愛しているわけないじゃない!
自惚れないでよ!
貴方なんか…貴方なんか!」

叫びながら、男の貌を両手で引き寄せる。
紫織の白い頰に水晶のような涙が滴り落ちた。
「…愛しているわ…!馬鹿みたいに…!悲しいくらいに…!
愛しているのよ…!貴方を…!今も…ずっと…ずっと…!」
慟哭に似たその叫びは、愛の言葉であった。

「紫織…!」 
藤木の腕が狂おしく紫織を抱き竦める。
「愛して…」
…その先の言葉は、男の熱い口づけの中で甘く激しく融けていった…。






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