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異邦人の庭 〜secret garden〜
第13章 ミスオブ沙棗の涙 〜初恋のゆくえ〜
深呼吸したのち、そっと鍵を開けると、紫織は玄関の重いドアを開いた。
家政婦のテルは今は通いだ。
夕食の支度が済むと帰宅する。
だから、この広い家には政彦しかいない。

廊下には、淡い灯りがひとつ灯っているだけだ。
室内は人気の気配もなく、しんと静まり返っている
…まだ、書斎にいるのかしら…。
ほっとしながら三和土の上で靴を脱ぐ。

そっと廊下を進む紫織の横…普段は使わない客間のドアが静かに開いた。

「…お帰り、紫織…」
紫織は思わず振り返る。
政彦が客間から出てきた。
…ブルーの細かなストライプのシャツにスラックスという服装から、帰宅後ずっと仕事をしていたことが察せられた。

「…あなた…」
…ずっと一階にいたのかしら…。
紫織はどきりとする。

…けれど、ここから門の前の道が見えることはない。
鬱蒼と茂る樹々や蔓薔薇に囲まれた玄関までのプロムナードは、かなりの距離があるからだ。
前の道を通る車の音すら、殆ど伝わらないほどだ。

…大丈夫…。
見えるはずがないわ…。
タクシーも…
…私たちのことも…。


「…ただいま帰りました…」
傍らに佇む政彦に、ややぎこちなく微笑んで挨拶する。

「お帰り。意外に早かったね。
お友だちとの会食は楽しかった?」
優しく尋ねられ、紫織は思わず瞼を伏せた。
「…ええ、お陰様で…。
でも、少し疲れたわ…。
…久しぶりのワインに酔ったのかしら…頭痛がするの…。
先に寝んでも良いかしら?」

政彦が心配そうに眉を寄せた。
「それはいけないね。
すぐに寝みなさい。
ロキソニンを持っていこうか?」
「いいえ、大丈夫よ。
寝たらすぐに治るわ。
…ごめんなさい、貴方。
お先に、寝ませていただくわ」
…これ以上、政彦の貌を見ることは耐えられなかった。
このまま、何食わぬ貌で会話を続けていたら…罪悪感に打ちのめされてしまいそうだった。

「…おやすみなさい。貴方…」

紫織は、足早に二階へ続く階段を登り始めた。

…その背後から穏やかな声が掛かった。

「…おやすみ、紫織…」

…そして、独り言のような声…

「…今夜の君は、恐ろしいほどに綺麗だ…」

…振り返るそこに、もう政彦の姿はなかった…。



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