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異邦人の庭 〜secret garden〜
第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ
「…あっという間に行ってしまったね」
ふっと笑うその表情は、如何にも優しげで紗耶はほっとする。
てきぱきと清瀧を送り出したところも頼もしく、気持ちの優しい先生なんだな…と思う。
「はい…。いつもの清瀧先生じゃないみたいでした…」
「男なんていざ自分の子どもが生まれるとなると、あたふたしてしまうものなんだよ」

「…あのう…藤木先生もお子様がいらっしゃるんですか?」
おずおずと聞いてみる。
…年齢は政彦くらいだが、藤木には生活感のようなものが皆無だったからだ。
「うん。
…君と同い年の男の子がひとり…」
「そうなんですか…」
「君も一人っ子?」
そう尋ねられ…
「はい…」
…と、一度は頷いたが
「…あの…。
今まではそうだったんですけれど…。
…来年、私の弟か妹が生まれるんです…」
少しはにかみながら答えた。

藤木が驚いたように、榛色の瞳を大きく見開いた。
「…えっ…?」

無理もないわ…と、紗耶は思った。
十八歳も年の離れた兄弟が生まれるなんて、珍しいもの…。

「…驚きますよね。私も最初母に聞いた時は驚きました。
母ももう四十歳ですし…少し恥ずかしそうでした…」
…でも…
小さく…けれど、きっぱりと続けた。

「…でも、母はとても嬉しそうで…幸せそうだったので、本当に良かったと今では思います」

少しの沈黙ののち、藤木が静かに微笑みを浮かべた。
「…そう…。それはとてもおめでたいことだね…。
君のお母様が無事に出産されますように、そして君の弟か妹が元気に生まれますように…」
祈りにも似たその言葉は、とても温かかった。
「…ありがとうございます」

「けれどまずは、柊司くんの赤ちゃんが無事に生まれますように…だね」
ややいたずらっぽく、紗耶に笑いかけた。
榛色のきれいな瞳がきらりと光った。
その瞳に見惚れながら
「ええ。そうですよね。
…あの…私、教務課に清瀧先生のご事情を話してきましょうか?
藤木先生はまだいらしたばかりですから、場所とかご存知ないでしょうし…」
と申し出てみる。
「ありがとう。助かるよ。お願いできるかな? 
僕はここで学生たちのレポートを待っているよ」

「はい。分かりました。
それでは行ってきます!」
ぺこりと頭を下げ、紗耶は急いで研究室を後にした。
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