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異邦人の庭 〜secret garden〜
第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ
「…さてと…。
すっかり遅くなってしまったね…。
本当に今日はありがとう。紗耶さんのお陰で助かったよ。
…気をつけて帰りなさい」
闇色の帳が降りた窓の外を見遣り、藤木は優しく言った。

「…はい…」
…でも…
紗耶はふと思う。

…まだ、もう少し、このひとと話をしたい…。

それはまるで森の奥深く、密やかに湧き出でる泉のような自然な感情であった。

唐突なことを考えていると、紗耶ははっと我に帰る。

…いやだわ…。
なぜ、そんなことを思うのかしら…。

「…あの…先生…」
…ご挨拶、しなくちゃ…。

『それでは失礼いたします』
…と。

…けれど、紗耶の桜色の口唇から出た言葉は、全く異なるものだった。

「…藤木先生…。
…私…もう少し先生とお話ししたいです…」

眼の前の榛色の瞳が、驚きに見開かれた。

…と、同時に、紗耶の華奢なお腹から、この場に不釣り合いな長閑な音が奏でられた。

「…あ…っ!やだ…!」
紗耶は慌ててお腹を押さえた。
…不意に、空腹の腹の虫が賑やかに鳴り響いたのだ。

…今日はお寝坊して…時間がなくてあまり朝ごはんを食べられなかったんだわ…。
マフィンをひとくち、グレープフルーツジュースをひとくち…お兄ちゃまに心配されたほどだ…。
お昼はサークルの合奏練習が長引いて抜かしてしまったし…。
だからって…こんなところで…お腹が鳴るなんて…。
紗耶はミルクのように白い首筋を朱に染めた。

藤木が朗らかに笑い出した。
それは明るく温かな笑いであった。

「ごめんごめん。笑ったりして。
そうだよね。お腹、空くよね。もう七時だ」

…やだ…もう…穴があったら入りたい…。

紗耶はお腹を押さえて俯いた。

「…実は僕もお腹がぺこぺこだったんだ。
朝、コーヒーを飲んだきりでね」

…恥ずかしい…恥ずかしい…。

「…良かったら、一緒に食事でもどうですか?」

…え…?

紗耶はそろそろと貌を上げた。

榛色の瞳が優しく…いたずらっぽく目配せされた。

「…でも、僕はこの辺に明るくないから、紗耶さんのお勧めのお店に連れて行ってくれないかな?」

紗耶は長い睫毛を瞬き、大きく頷いたのだった。





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