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第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ

「…失礼…でしたかしら…？
こんなこと、お聞きして…」
慌てる紗耶に、藤木は静かに微笑んだ。

「いや。
…昔ね、同じことを聞いて来た女の子がいたなあ…て思い出したんだ…」
「…え…？」
藤木の榛色の瞳がなんとも言えない切なげな…そして微かな熱を帯びた。
…男の唇から、懐かしむような…愛おしむような…歌うような声が溢れ落ちる。

「…先生の瞳の色、とても綺麗…。
榛色ね…て…」
藤木は紗耶を一瞬見つめ…やがてふっと視線を逸らした。

湯呑みのお茶を一口飲み、少し寂しげに呟いた。
「…遠い昔の話だ…」

「…あの…」
気づくと紗耶は口を開いていた。

「うん？」
「…先生…その人のこと、お好きだったのですか？」

藤木が驚いたように瞬きをし、形の良い唇をやや苦しげに歪めた。

「…そう…だね…。
好きだった…。愛していた…。
…誰よりも…」
低く美しい声は、胸が痛くなるような愛惜を滲ませていた。

「…過去形…なんですか？
その方って、恋人だったのでしょう？
…今の奥様じゃないのですか？」

なんでこんな個人的なことを不躾に聞いているのだろうと紗耶は自分でも不思議だった。
普段の紗耶はこんな質問、決してしはしない。
他人の詮索など好きではない。
…けれど…
なぜだか、藤木に対しては違ったのだ。

…この眼の前の男のことを知りたい。
何を考えているのか…
どんな人生だったのか…

…そうして…

…誰を愛していたのか…。

藤木が、小さく息を呑む。

…そうして少しの沈黙ののち、苦しげに答えた。

「妻とは離婚したんだ。
…そして、その女の子とはずっと昔に別れた…。
すべては僕のせいだ…」