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異邦人の庭 〜secret garden〜
第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ

紗耶はわざと足早に駆け出し、男の胸に飛び込んだ。
帯の端が、夜目にも白くふわりと靡く。
「…先生…!」
その身体を、藤木は愛おしげに抱きしめる。
…深い深い森に咲く百合と、ひんやりとしたモッシーの薫り…。
その馨しい薫りに、微かに海の匂いが加わる。
この薫りは、今、私だけのものだ…。
震えるような嬉しさに、身体が満たされる。
「…紗耶…。
寒くない?
…髪がまだ少し濡れている…」
紗耶は黙って首を振り、男の胸に貌を埋める。
洗い髪に、そっと男の唇の感触を覚えた。
「…大丈夫です…」
ぎゅっと、離されないように藤木の着物の胸を掴む。
そんな紗耶を安心させるように、静かに髪を撫でる。
「…二人きりだね…」
…夜の帳の天鵞絨のような、艶やかな低音が、鼓膜に染み込む。
「…ええ…」
思い切って貌を上げる。
榛色の美しい瞳が、間近に紗耶を見つめていた。
…話したいこと、聞きたいことは山のようにある。
けれど、今は何もしたくない。
ただ、この静寂に身を浸していたい。
奇跡のような、この時間に溺れていたい。
「…何をしていらしたの?」
…けれど、沈黙も怖くて、ついつまらぬことを尋ねてしまうのだ。
藤木が形の良い唇だけで微笑み、紗耶の身体を半転させ、外を見せる。
「…海を見ていた…。
この町の海は久しぶりだ…」
しみじみとした声に引き寄せられるように、紗耶も瞳を転じた。
…けれど…。
見えるのは、潮風を纏ったどこまでも続く射干玉色の闇だけだ…。
「…よく…見えないわ…」
ここで育った男には見えるのだろうか…。
「…眼が慣れると見えるようになるよ。
空と、海との狭間がね…」
「…そうなのね…」
…やはり、紗耶には見えない。
ただ…
時折聴こえるのは…
「…夜の海…てなんだか怖いわ。
何も見えないのに、あの…ごう…って音、何?」
静かだが胸が揺すぶられるような音が、闇の奥から地響きのように迫るのだ。
帯の端が、夜目にも白くふわりと靡く。
「…先生…!」
その身体を、藤木は愛おしげに抱きしめる。
…深い深い森に咲く百合と、ひんやりとしたモッシーの薫り…。
その馨しい薫りに、微かに海の匂いが加わる。
この薫りは、今、私だけのものだ…。
震えるような嬉しさに、身体が満たされる。
「…紗耶…。
寒くない?
…髪がまだ少し濡れている…」
紗耶は黙って首を振り、男の胸に貌を埋める。
洗い髪に、そっと男の唇の感触を覚えた。
「…大丈夫です…」
ぎゅっと、離されないように藤木の着物の胸を掴む。
そんな紗耶を安心させるように、静かに髪を撫でる。
「…二人きりだね…」
…夜の帳の天鵞絨のような、艶やかな低音が、鼓膜に染み込む。
「…ええ…」
思い切って貌を上げる。
榛色の美しい瞳が、間近に紗耶を見つめていた。
…話したいこと、聞きたいことは山のようにある。
けれど、今は何もしたくない。
ただ、この静寂に身を浸していたい。
奇跡のような、この時間に溺れていたい。
「…何をしていらしたの?」
…けれど、沈黙も怖くて、ついつまらぬことを尋ねてしまうのだ。
藤木が形の良い唇だけで微笑み、紗耶の身体を半転させ、外を見せる。
「…海を見ていた…。
この町の海は久しぶりだ…」
しみじみとした声に引き寄せられるように、紗耶も瞳を転じた。
…けれど…。
見えるのは、潮風を纏ったどこまでも続く射干玉色の闇だけだ…。
「…よく…見えないわ…」
ここで育った男には見えるのだろうか…。
「…眼が慣れると見えるようになるよ。
空と、海との狭間がね…」
「…そうなのね…」
…やはり、紗耶には見えない。
ただ…
時折聴こえるのは…
「…夜の海…てなんだか怖いわ。
何も見えないのに、あの…ごう…って音、何?」
静かだが胸が揺すぶられるような音が、闇の奥から地響きのように迫るのだ。

