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第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ

「…紗耶ちゃん…！泣かないで…！」
叫ぶように口走ると、千晴は紗耶を強く抱き竦めた。

「…謝らなくていい。
僕も悪かった。
君の本当の気持ちに、少しも気づいていなかった。
君を束縛することしか考えてなかった。
君が可愛すぎて、愛しすぎて…。
…いや…。不安だったんだ。
新しい世界に踏み出して、少女から大人に成長して、どんどん綺麗になって、変わってゆく紗耶ちゃんを見ているのが…。
だから、君を僕の腕の中に閉じ込めて…僕だけを見続けるように、仕向けたかったんだ。
そして、君に愛されていると…安心しきっていて、傲慢になっていたんだ。
素直な紗耶ちゃんは僕の言うことをなんでも聞いてくれると…思いあがっていた…。
謝るのは僕の方だ…」

紗耶は千晴の胸に貌を押し当て、子どものようにしゃくり上げる。

「…ううん…千晴お兄ちゃまは悪くない…。
お兄ちゃまはいつも美しくて優しくて、紗耶の憧れだったわ…。
コンプレックスだらけの…劣等生の私を…お兄ちゃまはお嫁様にと選んでくださった…。
…夢のようだった…」
あの日の感激は、今も忘れない。
決して、嘘ではない。

…それなのに…。

紗耶は肩を振るわせる。

そうして、懺悔のように言葉を尽くす。

「…紗耶が…紗耶が悪いの…。
お兄ちゃまがいるのに…藤木先生を好きになってしまったの…。
…突然…まるで落とし穴に落ちてしまったみたいに…」

…恋に堕ちてしまったのだ…。
取り返しがつかないような、後戻りが出来ないような…
…運命の恋に…。

…今でも千晴のことは好きだ。大好きなのに…。

…けれど、この心を苦しいほどに、狂おしいほどに支配するのは…。

「…ごめんなさい…千晴お兄ちゃま…ごめんなさい…」

…この、高貴で洗練されたゲランの夜間飛行の薫りではなく…。