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異邦人の庭 〜secret garden〜
第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ

「羨ましい?」
徳子らしからぬ言葉に、千晴は眉を寄せた。
「大お祖母様が?紗耶ちゃんを?」
「…ええ…」
そう頷くと、徳子は窓の外の雪を遠い眼差しで見遣った。
「…私に…今日の紗耶さんのような向こう見ずな勇気があったのなら…私は今頃、どんな人生を生きていたのでしょうと思わずにはいられないのですよ…」
千晴は鳶色の美しい瞳を見張った。
「…それは…大お祖母様…まさか…」
徳子はふと、艶っぽく微笑んだ。
「…もう、遥か昔の話ですよ…。
御前も天国で笑ってお許しくださるような…」
…徳子に、秘めたる恋があったのだと…それは恐らく道ならぬ恋であったのだろうと、千晴は初めて知るのであった。
硬質な近寄り難いような祖母の美貌の横貌が、微かに柔らかく…そして寂しげに切なげに微笑みを湛えていた。
「私は、自分の人生に一片の後悔もありません。
御前とともに戦後の混乱を乗り切り、お身体がお弱かった御前をお守りし、千聖さんを…貴方のお父様をお育てし、高遠本家を盛り立ててまいりました。
千聖さんと花織さんが遺した可愛い貴方をお育てすることもできたわ。
私の選択が正しかったことは間違いありません。
…けれど、あの時にもし、私にすべてを投げ打つ勇気があったら…と…そうせんないことを思うのは、あの恋だけなのです」
祖母の告白は、儚く舞う初雪のまにまに、溶けてゆく。
「…大お祖母様…」
「…だから、ほんの少しだけ…紗耶さんが羨ましかったのですよ…」
…怒れる獅子よりも恐ろしいと囁かれている祖母にも、誰も知らない秘密があった。
それはきっと、生涯忘れえぬ切ない…けれど美しい恋の形代なのだろう。
「…大お祖母様…。
ありがとうございます…。
紗耶さんを許してくださって…」
千晴は想いを込めて礼を言った。
徳子はその口唇の端に、仄かな笑みを浮かべただけであった。
…そうして雪は、さながら徳子の恋も、紗耶の恋も覆い尽くすかのように、静かに間断なく降り続けるのだった…。
徳子らしからぬ言葉に、千晴は眉を寄せた。
「大お祖母様が?紗耶ちゃんを?」
「…ええ…」
そう頷くと、徳子は窓の外の雪を遠い眼差しで見遣った。
「…私に…今日の紗耶さんのような向こう見ずな勇気があったのなら…私は今頃、どんな人生を生きていたのでしょうと思わずにはいられないのですよ…」
千晴は鳶色の美しい瞳を見張った。
「…それは…大お祖母様…まさか…」
徳子はふと、艶っぽく微笑んだ。
「…もう、遥か昔の話ですよ…。
御前も天国で笑ってお許しくださるような…」
…徳子に、秘めたる恋があったのだと…それは恐らく道ならぬ恋であったのだろうと、千晴は初めて知るのであった。
硬質な近寄り難いような祖母の美貌の横貌が、微かに柔らかく…そして寂しげに切なげに微笑みを湛えていた。
「私は、自分の人生に一片の後悔もありません。
御前とともに戦後の混乱を乗り切り、お身体がお弱かった御前をお守りし、千聖さんを…貴方のお父様をお育てし、高遠本家を盛り立ててまいりました。
千聖さんと花織さんが遺した可愛い貴方をお育てすることもできたわ。
私の選択が正しかったことは間違いありません。
…けれど、あの時にもし、私にすべてを投げ打つ勇気があったら…と…そうせんないことを思うのは、あの恋だけなのです」
祖母の告白は、儚く舞う初雪のまにまに、溶けてゆく。
「…大お祖母様…」
「…だから、ほんの少しだけ…紗耶さんが羨ましかったのですよ…」
…怒れる獅子よりも恐ろしいと囁かれている祖母にも、誰も知らない秘密があった。
それはきっと、生涯忘れえぬ切ない…けれど美しい恋の形代なのだろう。
「…大お祖母様…。
ありがとうございます…。
紗耶さんを許してくださって…」
千晴は想いを込めて礼を言った。
徳子はその口唇の端に、仄かな笑みを浮かべただけであった。
…そうして雪は、さながら徳子の恋も、紗耶の恋も覆い尽くすかのように、静かに間断なく降り続けるのだった…。

