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第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ

千晴は手のひらに触れるナイトドレス越しの温かな紫織の腹部に意識を集中する。
…と、手のひらに、ぴくぴくと、まるで小魚が跳ねたような小さな…けれど確かな動きが生き生きと伝わった。

「…ああ…。
…本当だ…。
動いていますね…」
吐息まじりに感嘆の声を漏らす。

…この美しいお腹の中に、紫織の子どもがいる…。
奇跡のような、胸が詰まるような喜びに、神に感謝を捧げずにはいられない。

「…元気な赤ちゃんのようですね。
今、僕の手を蹴りましたよ」
紫織が千晴を見遣り、二人は思わず笑みを漏らす。

「…ええ…。とても元気な赤ちゃんよ。
千晴さんに触っていただいて、喜んでいるのでしょう」

「…そうか…。男の子か…」
千晴は少し大胆に紫織の腹部に貌を寄せる。

「多分そうですわ。
母親の勘ですけれど…」

耳をそっと押し当ててみる。
…紫織は、拒まなかった。
ダマスクスローズの薫りがふわりと千晴を優しく包む。

千晴の鼓膜に闊達な胎児の動きが生々しく伝わった。
「…あ…。
また、蹴飛ばしている。
…これは、やんちゃな男の子だな」
二人はくすくす笑う。

「困りましたわね。
高遠本家の当主様のお貌を蹴飛ばすなんて、お行儀が悪いわ。
生まれる前からこんなにいたずらっ子では、先が思い遣られるわ…」
紫織の口調にユーモアが混ざる。

…紫織の感情が安定してきたことに、千晴は胸を撫で下ろす。

「良いではありませんか。
元気が一番ですよ。
…ああ…。生まれてくるのが待ち遠しいな…」

…まるで、紫織と自分の子どものような、やや背徳めいたときめきと切なさを覚えながら、千晴はそっと紫織の腹部を愛おしげに撫でる…。

紗耶がこの手から飛び立っても、自分にはまだこの子がいるのだ…。

紫織の血と肉を分けた、愛おしい存在が…もうすぐ誕生する。

新たな希望と甘美な幻想が、千晴の胸のうちに泉のように湧き上がる。