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異邦人の庭 〜secret garden〜
第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ
「…政彦義兄さんが連絡をくれてね。思わず駆けつけてしまったよ」
ゆっくりと紗耶の前に立つ。
…微かに薫るのは、ゲランの夜間飛行…。
大人で、貴族的で、どこか孤高の薫りがして…この香水をつけた千晴を、紗耶はとても好きだった。
その頃の自分が甦り、少しだけ胸が切なくなる。
…もう恋ではないけれど、それでも…
そんな自分の心を振り払うように紗耶は軽く頭を振るい、千晴を見上げた。
「…千晴お兄ちゃま。
ご機嫌よう…」
膝を軽く折って、挨拶するのは無意識に身に染み付いた習慣だ。
…高遠家本家の当主たる千晴に最大級の礼儀を尽くすこと…それは紗耶が物心つく前に周囲から言い聞かされてきたことだった。
「元気そうだね。紗耶ちゃん…」
「…はい」
…お陰様で…と言うのは、皮肉な感じがするのではと口籠る。
千晴は少しも気にした風はなく、無邪気に笑った。
「良かった。
友だちとシェアハウスして、アルバイトしているんだって?
…そう言えば少し、大人びたね。
新しい生活にはもう慣れた?」
温かな口調は相変わらずだ。
紗耶はほっとする。
「はい。…先輩や、大家さんのおばあちゃまが良くしてくださるから…」
大家の老婆はとても気さくな良い人だった。
紗耶の淹れる紅茶や、紗耶が考えたガーデニングを大変に気に入ってくれ、『紗耶ちゃん紗耶ちゃん』と孫のように可愛がってくれている。
塾のアルバイトもとても楽しい。
学校もサークル活動も、忙しいけれど充実している。
…自分は恵まれているのだと心から思う。
それは千晴が紗耶を許し、庇ってくれたからこその今なのだ。
「…そう。それならいい。
紗耶ちゃんが元気にやっているなら何よりだ」
千晴は慈愛の色を滲ませ、頷く。
紗耶を温かく見守ってくれたあの初恋の美しく高貴な瞳…。
「お兄ちゃま…。ありがとう」
感謝の気持ちを込めて見つめ返す。
千晴は微かに微笑んだ。
…やがて嬉しげに新生児室を覗き込む。
「紗耶ちゃん。君の弟だよ」
千晴が指し示す先には、たくさんの新生児が眠っている。
「…どの赤ちゃんかしら…」
新生児はどれも同じに見えてしまう。
紗耶はきょろきょろと探した。
「1番右端の水色の産着を着た子だよ。
すぐに分かった。
…紫織さんに瓜二つだからね」
…どこかうっとりとしたような、高揚した声だった。
紗耶は千晴が指し示す方に眼を遣った。
ゆっくりと紗耶の前に立つ。
…微かに薫るのは、ゲランの夜間飛行…。
大人で、貴族的で、どこか孤高の薫りがして…この香水をつけた千晴を、紗耶はとても好きだった。
その頃の自分が甦り、少しだけ胸が切なくなる。
…もう恋ではないけれど、それでも…
そんな自分の心を振り払うように紗耶は軽く頭を振るい、千晴を見上げた。
「…千晴お兄ちゃま。
ご機嫌よう…」
膝を軽く折って、挨拶するのは無意識に身に染み付いた習慣だ。
…高遠家本家の当主たる千晴に最大級の礼儀を尽くすこと…それは紗耶が物心つく前に周囲から言い聞かされてきたことだった。
「元気そうだね。紗耶ちゃん…」
「…はい」
…お陰様で…と言うのは、皮肉な感じがするのではと口籠る。
千晴は少しも気にした風はなく、無邪気に笑った。
「良かった。
友だちとシェアハウスして、アルバイトしているんだって?
…そう言えば少し、大人びたね。
新しい生活にはもう慣れた?」
温かな口調は相変わらずだ。
紗耶はほっとする。
「はい。…先輩や、大家さんのおばあちゃまが良くしてくださるから…」
大家の老婆はとても気さくな良い人だった。
紗耶の淹れる紅茶や、紗耶が考えたガーデニングを大変に気に入ってくれ、『紗耶ちゃん紗耶ちゃん』と孫のように可愛がってくれている。
塾のアルバイトもとても楽しい。
学校もサークル活動も、忙しいけれど充実している。
…自分は恵まれているのだと心から思う。
それは千晴が紗耶を許し、庇ってくれたからこその今なのだ。
「…そう。それならいい。
紗耶ちゃんが元気にやっているなら何よりだ」
千晴は慈愛の色を滲ませ、頷く。
紗耶を温かく見守ってくれたあの初恋の美しく高貴な瞳…。
「お兄ちゃま…。ありがとう」
感謝の気持ちを込めて見つめ返す。
千晴は微かに微笑んだ。
…やがて嬉しげに新生児室を覗き込む。
「紗耶ちゃん。君の弟だよ」
千晴が指し示す先には、たくさんの新生児が眠っている。
「…どの赤ちゃんかしら…」
新生児はどれも同じに見えてしまう。
紗耶はきょろきょろと探した。
「1番右端の水色の産着を着た子だよ。
すぐに分かった。
…紫織さんに瓜二つだからね」
…どこかうっとりとしたような、高揚した声だった。
紗耶は千晴が指し示す方に眼を遣った。