この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
異邦人の庭 〜secret garden〜
第1章 アンジェラの初戀
ぼんやりと青年…高遠千晴を見上げる紗耶の前に、彼は長い脚を跪き、貌を覗き込む。
幼心にも、この青年が群を抜いて美しい容姿をしていることが分かる。
…青年からは爽やかなティーツリーの薫りが漂った。
この薫りは「お母様のラボ」と呼ばれる紫織の調香室から薫るアロマのひとつだと、紗耶は脈絡なく思った。
「大丈夫?怖かった?」
紗耶はぎこちなく首を振る。
…父親以外の男性と、こんなにも近くで喋ったことなどない。
ましてや、千晴はこの高遠家…本家の人間だ。
幼い紗耶には詳しいことは分からないが「本家の高遠様」は大変に偉く由緒正しいおうちらしい。
今日はそのおうちのお祖母様に招かれた大切な一族のお祝いの会なのだ。
…「千晴は現役で東大に合格したらしい。
彼は秀才だな。馬術にクリケットにテニスと高校時代はスポーツ三昧で…おまけに高遠家の当主として社交にも多忙だったらしいのに、難なくクリアだよ。
…僕なんかガリ勉してやっとだったのにな」
父、政彦が夕食の席で苦笑まじりに言っていたのを思い出す。
千晴は紗耶の父親と従兄弟同士に当たる。
だから紗耶も幼い頃から「千晴お兄ちゃま」と呼ぶように紫織に教わってきた。
…もっとも人見知りの激しい紗耶はまだ千晴と碌に話したことなどなかったが…。
「貴方は銀行家として経営戦略の才能がおありなのですから、ご立派ですわ。
父も褒めておりましたのよ。
政彦さんはよく今の銀行の苦境を立て直した…と」
紫織が政彦のグラスに新しいワインを注ぎながら優しく微笑む。
「…紫織…。
僕は千晴のように何もかも恵まれた人間ではない。
けれど、君という美しく得難い女性を得られたのだから、それで満足なんだよ」
傍の紫織を眩しげに見つめる。
…普段口数が少なく物静かな性格の政彦だが、最愛の妻に愛を囁くことに関しては人が変わったかのように雄弁になる。
政彦は、母親の付き合いで参加した香道の講習会で受付の手伝いをしていた紫織に一目惚れし、プロポーズをした。
紫織は当時大学を卒業したばかりで、春からアロマテラピーの勉強をしにパリへ行く予定であった。
それを押し切り、拝み倒し、結婚へと漕ぎ着けたのだ。
「普段大人しい政彦さんがねえ…。紫織さんと結婚できないなら死んでしまいそうな勢いだったのよ」
…政彦の母、篤子はそれを未だに語り草にしているほどだ。
幼心にも、この青年が群を抜いて美しい容姿をしていることが分かる。
…青年からは爽やかなティーツリーの薫りが漂った。
この薫りは「お母様のラボ」と呼ばれる紫織の調香室から薫るアロマのひとつだと、紗耶は脈絡なく思った。
「大丈夫?怖かった?」
紗耶はぎこちなく首を振る。
…父親以外の男性と、こんなにも近くで喋ったことなどない。
ましてや、千晴はこの高遠家…本家の人間だ。
幼い紗耶には詳しいことは分からないが「本家の高遠様」は大変に偉く由緒正しいおうちらしい。
今日はそのおうちのお祖母様に招かれた大切な一族のお祝いの会なのだ。
…「千晴は現役で東大に合格したらしい。
彼は秀才だな。馬術にクリケットにテニスと高校時代はスポーツ三昧で…おまけに高遠家の当主として社交にも多忙だったらしいのに、難なくクリアだよ。
…僕なんかガリ勉してやっとだったのにな」
父、政彦が夕食の席で苦笑まじりに言っていたのを思い出す。
千晴は紗耶の父親と従兄弟同士に当たる。
だから紗耶も幼い頃から「千晴お兄ちゃま」と呼ぶように紫織に教わってきた。
…もっとも人見知りの激しい紗耶はまだ千晴と碌に話したことなどなかったが…。
「貴方は銀行家として経営戦略の才能がおありなのですから、ご立派ですわ。
父も褒めておりましたのよ。
政彦さんはよく今の銀行の苦境を立て直した…と」
紫織が政彦のグラスに新しいワインを注ぎながら優しく微笑む。
「…紫織…。
僕は千晴のように何もかも恵まれた人間ではない。
けれど、君という美しく得難い女性を得られたのだから、それで満足なんだよ」
傍の紫織を眩しげに見つめる。
…普段口数が少なく物静かな性格の政彦だが、最愛の妻に愛を囁くことに関しては人が変わったかのように雄弁になる。
政彦は、母親の付き合いで参加した香道の講習会で受付の手伝いをしていた紫織に一目惚れし、プロポーズをした。
紫織は当時大学を卒業したばかりで、春からアロマテラピーの勉強をしにパリへ行く予定であった。
それを押し切り、拝み倒し、結婚へと漕ぎ着けたのだ。
「普段大人しい政彦さんがねえ…。紫織さんと結婚できないなら死んでしまいそうな勢いだったのよ」
…政彦の母、篤子はそれを未だに語り草にしているほどだ。