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秒針と時針のように
第8章 おまけ
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拓と別れたあとの時間は長い。
途端に口を開かなくなるから。
あいつの、バカみたいなあいつのマシンガントークの合間を射撃すんのが俺には心地いいんだ。
「岸本、手止まってるぞ」
「すみません」
上司との会話も同僚との会話もこんなもの。
高卒に劣等感を抱くことなどない職場だが、別段楽しみがあるわけでもない。
今の生活を続けるために金を稼ぐ。
ババアに二度と頼らないために。
拓は、楽しそうだな。
大学の講義、サークル、友達。
あいつの周りには常に人がいる。
小学校からそうだった。
「お先失礼します。お疲れ様です」
帰りのバスに乗り込んだ瞬間から、心が溶けていくような解放を感じる。
あと二十分で奴に会える。
毎日こんなことを思いながら仕事をしてるなんて、大バカ野郎じゃね。
俺。
「……は?」
「だから! 今日は恋人の日なんだって!」
玄関を開けて突然撃ち鳴らされたクラッカーに呆然としている俺に拓がはにかむ。
「その……さ。夕飯すんげえの作ったから。とりあえず入ってくんね?」
やめろよ。
なに恥ずかしがってんだよ。
入りづれえだろ、こんなん。
ぎこちなく拓の隣をすり抜ける。
芳ばしい薫りがくすぐる。
「うおっ、すげ」
「だっろーー!? オレめちゃくちゃ頑張ったんだぞ! 角煮に牛丼に肉吸い! 極め付きは骨付きカルビっ。酒池肉林を再現してみたかったわけ」
「酒池肉林の肉はその肉じゃねえよ」
「なんでもいーから座れよ、飲み物なんにする? コーラとビール」
「……コーラ」
促されるままに丸テーブルを二人で囲う。
あ。
嫌だな。
フラッシュバックしそうじゃないか。
あの朝を。
「てめえのも美味そうだな」
「ホイル焼きにグラタンにキッシュな。これ二時間くらいかかったんだぜ?」
「コンロ一つしかないのによくやったな」
「んひひ。忍が誉めてる」
「おい、気色悪く笑うなよ」
差し出されたコーラを受けとる。
目の前のご馳走よりも、拓の淡いグリーンのシャツに目が行ってしまう。
汗ばんだ布地。
こんな時期によく長時間も料理を。
俺のために。
「いただきまーす」
「あ。待って。写真撮る。肉と美人」
「待たん」
「あっ、そのまま! くわえたままがいい!」
「あほ」
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