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飛べないあの子
第6章 番外編Ⅰ
糸田は母が見つけてきた家庭教師だった。
慧のその後の人生に大きく影響を及ぼした人物だ。

糸田は子どもの頃小児がんと闘って生き抜いた男だった。
慧が知る中で圧倒的に頭の切れる人物だった。

病気の後遺症か身長が伸びず華奢な身体の糸田だったが、その身体の内には誰もが魅かれるカリスマ性を携えていた。

本当は自分が医師になって小児がんの子供たちを救いたかったが、体力が無く病気がちだったため諦めたのだという。
それなら自分は医師を目指す人間をサポートしようと思い立ち、医学部志望の学生の家庭教師になることにしたということだった。

糸田のおかげで医大に合格したという口コミが広がり、医大だけでなく東大や京大といった難関校を目指す子の親からオファーが入るようになり、巷ではちょっとした有名人だった。

『慧、大学なんかいかなくてもいい。俺を見てみろ。東大卒が東大合格させますといっても何も面白くない。高卒の俺が東大や医大に合格させるから、皆、なぜ?と不思議がる。学歴なんて関係ない。自分の志を持って生きてる奴は、どんな状況になったって人を認めさせる力がある。吉田松陰も言ってるだろ。お前も志を持て』

慧が成績トップを維持できていたのは糸田のおかげだ。
お前は政治家になんか向いてない、医師になれとずっと言われてきた。
慧が医師を目指すようになったのは他でもない糸田の影響だった。
彼から教えてもらったことは今でもあらゆる場面で生きている。

凛が上野の屋台で、慧に勝てなかったと寂しそうに話していた姿を思い出す。
きっと凛も素晴らしい指導者に出会えていたら違ったはずだ。

「先生の方はどうですか?今年の受験生たちは」
「全員合格に決まってる。一人危い子がいたけど、まあ、最後の最後で追い込んでなんとかな」
「また需要が増えますね。相当儲けてるでしょ。今度帰ったら飯奢ってください」
「ばかやろー。お前の方が金持ってるだろうが。お前が奢れ」

ふと、今度帰省する時は凛と一緒に帰省して、糸田に会わせてあげたいと思った。

「先生に会わせたい人がいるので、今度連れていきます」
「なんだよ。お前がそんなこと言うなんて気味悪いな。女か?男か?」
「女性です」
「いいのか。俺に会わせたら、俺に惚れちまうぞ」

慧は声を上げて笑った。
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