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飛べないあの子
第2章 揺らぐ影
女子生徒に呼ばれて凛は視線を外した。
慧が相談室を出て行く。
女子生徒の指導が終わり、彼女がお礼を述べて去っていってからも凛は座ったまま動かずに考えていた。
慧が東大を辞めて勘当されたということは、それまでの自分と違う自分になることを選んだ結果なのだ。
高校生の頃、親の言いなりになって勉強に没頭していた自分の姿を思い出す。
凛自身も、本来の自分を取り戻したかったから親から離れることを選んだ。
親元を離れたくて実家から離れた大学を選んだのだった。
慧もまた、自分の力で支配から抜け出したのだと知って、凛の中で長年凝り固まっていた、慧に対する敬遠する気持ちがふっと溶けた気がした。

(・・・・・・・私、なんでこんなにもあの人を避けてるんだろう・・・・・)

そう疑問を持った途端、不思議と心の端にあった重たいものが消えた。
すると、色々なことがはっきり見えてきた。
高校生の頃、テストの後、順位が廊下に張り出されていた。
慧は全てにおいて一位。
凛は一度、物理だけは勝ってみたいと、他の教科をほぼ捨てた状態で挑んだことがあった。結果は慧が一位で凛が三位。慧は他の教科も一位、凛はボロボロだった。
あの時の、打ちのめされた自分のことが急に蘇った。

(そうだ・・・・・・。だからだ・・・・・・・)

慧に対して抱いていた‘なぜ’とか‘許せない’といった感情。
それは、なぜあなたのような人が私と同じ場所にいるのだという歪んだ怒りだった。
今の職業のことは誇りに思ってる。物理が好きだったし、人に教えて伸びてくれることは喜びだった。
職業云々ではなく、あれだけ努力して少しも近づけなかった慧が、自分と同じ場所にいてほしくなかった。
手の届かない、ずっとずっと遠い場所にいてほしかった。
具体的に何かと言われるとはっきり言えない。政治家なのか、青年実業家なのか、とにかく凛にとって雲の上の存在でいてくれなくてはいけない存在なのだ。
そんな気持ちが、自分の中にあったと気が付いた。

(・・・・・・理不尽なのは私だ・・・・・・・)

凛は自分の一人相撲だったことを悟って、項垂れた。
結局、自分のコンプレックスを慧にぶつけていただけだった。
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