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飛べないあの子
第4章 刻まれるキス
「凛先生、お久しぶりー!」
「お久しぶりです」

アカネの屋台は上野駅近くの路地にあった。
髪の色は赤に近い茶髪で、ボブヘアをひとつ結びしている。
カーキー色のつなぎに古びたエプロンがトレードマークだった。

「何にします?」
「とりあえずビールください」
「はーい」

アカネは瓶ビールとグラスを凛の前に置いた。

「あの、今日はもう一人来るんです」
「へー?あ、彼氏?」
「いえ、同僚です」
「そうなんだ。オーケーオーケー」

アカネは三十歳の時に旦那を病気で亡くして塞ぎこんでいた時に、行きつけだった屋台の大将が引退するから後を継いでくれと託されて、それから十年近くこのおでん屋をやっているとのことだった。
アカネ曰く、元々は超の付くお嬢様で、旦那と駆け落ち同然で東京に出てきたらしい。

アカネの店を訪れたのは偶然だった。上京して間もない頃、上野に住む大学時代の友人の家を訪れた帰りに、たまたま通りかかって寄ったのが最初だった。
それ以来、凛にとってアカネは姉のような存在となって、いつも愚痴や悩みを聞いてくれる大切な人になった。

「アカネさんて、もう完全にご実家に帰るってこと、ないんですか?」
「ないねー。たぶん戸籍から抹消されてると思う」

アカネはあはは!と豪快に笑った。

「でも、やっぱりお家を出る時は勇気がいったでしょ?」
「勇気ねえ・・・・・・・・。勇気って怖いことがある時に出すっていうイメージがあるから、それだとちょっと違うかな。もう全っ然迷いなかったし、怖くなかったし」
「そうなんだ。やっぱりアカネさんはすごいなぁ・・・・・・」
「またお母ちゃんから何か言われた?」

今日は客が来ないからか、アカネはウーロンハイを作って自分も飲み始めた。

「見合いしろって。国土交通省の町田くんです」
「ほほー。国土交通省の町田くんですか」
「大学も就職も失敗したんだから、せめて結婚相手は良い人としろって」
「おおー。娘の人生失敗とか言っちゃうところ、私の母親と似てるねえ」

アカネは面白そうにそう言った後、少し遠くを見つめて何かを思い出すような様子で続けた。
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