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飛べないあの子
第4章 刻まれるキス
あまりに頑ななので、つい脅迫まがいなことをしてしまった。
凛の激しい拒絶を受けて、慧は動揺したが、すぐに扉を閉めるようにしてそこから逃げたのだった。

(なんで俺が‘仲良く’なる努力しなきゃいけないんだ)

もうどうでもいい。慧は凛のことを考えるのをやめた。
仕事上もそこまで接点があるわけじゃない。仲良しである必要などないのだ。

お互い目も合わせず、存在を無視して過ごす。
心の隅の方に黒い点が貼りついているみたいな気持ちだった。
あの子は自分と似ている。きっとこの先、向こうから歩み寄ってくることはないだろう。
そう決めつけていた。

だからあの日、凛が自分を追いかけて謝罪してきた時は心底驚いた。
普段、彼女のまわりだけ温度が低いんじゃないかと思うほどに温かみを感じない表情をしているのに、息を切らせて走ってきて、苦しそうな悲しそうな顔で慧に謝った。
慧には相手が本心で謝っているか、そうじゃないのかすぐに判別がついた。
自分自身が本心で謝ることがないから、すぐわかる。
凛の真摯な謝罪が、慧の心を軟化させた。
自分でも驚くほどに素直に謝ることができた。
凛はホッと安心したような顔をすると、額に汗を浮かべてぎこちなく笑った。

この子は自分とは違う・・・・・・。

自分の行動を振り返って、心から反省する。そこまでは慧も同じだ。
問題は、相手にちゃんと謝ることができるか、だ。
慧は謝るくらいなら、関係が悪化したままでいいと思ってしまう。


慧の家は祖父、父と政治家で、慧も当然のように後を継ぐのだと育てられた。
母の妹の話では、母には父とは別に結婚を決めていた男がいたが父に見染められ、周囲の圧力によって母は恋人との関係を引き裂かれた。
母は聡明な人で、父や一族のものたちに何を言われても毅然としている人だった。
父との結婚は本意でなかったかもしれないが、献身的に尽くしていたし、慧と妹のあやめを慈しんで育ててくれた。

慧の記憶だと、父が母を怒鳴りつけるようになったのは慧が小学生になった頃だった。
父が母に頻繁に『あいつはあの男の子だろう』と激しく罵倒している場面を目撃するようになった。慧の容姿は父にそっくりだというのに。

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