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飛べないあの子
第4章 刻まれるキス
今なら父が母を愛しているが故の嫉妬によるものだったと理解できる。
しかし、子どもの頃はただただ母が不憫でならなかった。父が恐ろしくもあり、憎くもあった。
母が自分を可愛がれば可愛がるほど、父はひどく母にあたるように見えた。
母の愛情が向けられる慧がかつての恋人と重なっていたのだろうと思う。
慧を優秀な人物に育てろといいながら、慧が優秀になるほどに嫉妬がふくれあがるような、そんな矛盾に父自身も苦しんでいた。
自分にそっくりな息子が、愛する妻の中で一番大切な存在であることが許せなかったのだ。
慧がいくら謝っても父は許してくれない。
何が悪いのかわからない。
でも、きっと自分が悪いのだとひたすら許しを請う子供時代だった。
父は、妹のあやめのことは慧と正反対に溺愛していた。
女の子で母に似ているからという理由だけで。
思春期になって、母の妹から母のかつての恋人の話を聞いて全てが腑に落ちた。
この人は自分の中にその男を見ていたのだ。
かつて母の中の一番の存在として君臨していたその男と、産まれてから母の中で一番の存在となった自分と。
くだらない。そんなことで今まで自分は理不尽な想いをしてきたのか。
それに気が付いてから、慧は上辺だけの謝罪を身につけた。
そして一日でも早くこの父親と縁を切りたいと思い、そのためには何が必要かを考えた。
元々政治家になんかなるつもりはなかった。
選挙やら後援会やら、大騒ぎしている姿が滑稽に見えた。
父は大学卒業と共に自分の秘書として働かせるつもりだったから、それまでにどうしても自立したかった。
それまでは、どうしても経済的に親に頼るしかない。
土の中でじっとして、いつか外に出た時のために準備をするしかなかった。
そして準備が出来た時、母に言った。
一緒にこの家から離れようと。
母は頷かなかった。
お母さんはお父さんと一緒にいるから、あなたは自由にしなさいと言った。
母は慧が家を出ていくと決めていたことを、とっくに悟っていた。
東大を辞めて一人で生きていくと告げた時、父は激しく怒り、絶縁だと慧を殴り罵ったが慧にはわかっていた。
父は自分が出ていくことを心のどこか安堵している、と。
ようやく母を一人占めできるのだと。
しかし、子どもの頃はただただ母が不憫でならなかった。父が恐ろしくもあり、憎くもあった。
母が自分を可愛がれば可愛がるほど、父はひどく母にあたるように見えた。
母の愛情が向けられる慧がかつての恋人と重なっていたのだろうと思う。
慧を優秀な人物に育てろといいながら、慧が優秀になるほどに嫉妬がふくれあがるような、そんな矛盾に父自身も苦しんでいた。
自分にそっくりな息子が、愛する妻の中で一番大切な存在であることが許せなかったのだ。
慧がいくら謝っても父は許してくれない。
何が悪いのかわからない。
でも、きっと自分が悪いのだとひたすら許しを請う子供時代だった。
父は、妹のあやめのことは慧と正反対に溺愛していた。
女の子で母に似ているからという理由だけで。
思春期になって、母の妹から母のかつての恋人の話を聞いて全てが腑に落ちた。
この人は自分の中にその男を見ていたのだ。
かつて母の中の一番の存在として君臨していたその男と、産まれてから母の中で一番の存在となった自分と。
くだらない。そんなことで今まで自分は理不尽な想いをしてきたのか。
それに気が付いてから、慧は上辺だけの謝罪を身につけた。
そして一日でも早くこの父親と縁を切りたいと思い、そのためには何が必要かを考えた。
元々政治家になんかなるつもりはなかった。
選挙やら後援会やら、大騒ぎしている姿が滑稽に見えた。
父は大学卒業と共に自分の秘書として働かせるつもりだったから、それまでにどうしても自立したかった。
それまでは、どうしても経済的に親に頼るしかない。
土の中でじっとして、いつか外に出た時のために準備をするしかなかった。
そして準備が出来た時、母に言った。
一緒にこの家から離れようと。
母は頷かなかった。
お母さんはお父さんと一緒にいるから、あなたは自由にしなさいと言った。
母は慧が家を出ていくと決めていたことを、とっくに悟っていた。
東大を辞めて一人で生きていくと告げた時、父は激しく怒り、絶縁だと慧を殴り罵ったが慧にはわかっていた。
父は自分が出ていくことを心のどこか安堵している、と。
ようやく母を一人占めできるのだと。