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第47章 九＊騙し討ち

　アルベルティーナは少し拗ねたように言うと、ヴィクトルの手を離した。

「あたしはこんな騙し討ちみたいなこと、嫌だったのよ。でもね、あなたが書類なんて言ったからケヴィンが悪巧みしちゃってね。まぁ、きちんと中身を確認しないで署名するあなたも悪いのよ」

　ヴィクトルはようやく状況が飲み込めてきた。
　机の上にひっくり返した書類の底、つまりは表紙を引っ張り出して確認した。

「『ヴィクトルとアルベルティーナの婚姻に関する契約書』……って、ちょっと待て！　なんだよこの騙し討ち！」

　ヴィクトルは激昂したが、ケヴィンはしれっと返した。

「ぼくは何度も説明すると言ったよ？　それなのにヴィクトルが必要ないって署名をしたんじゃないか」
「こんなのおかしいだろうが！　おれは認知するって話をした。口だけでは問題あるのなら、書類をと言った。それなのにどうして婚姻、しかも契約書なんだ！」
「それはあなたが逃げるからよ」

　アルベルティーナは呆れたようにため息交じりの息を吐いた。

「お兄さま」
「なんだ」
「こんなズルいやり方、止めましょう」
「は？」
「ヴィクトルを騙してまで結婚したくないわ。さっきの紙」

　アルベルティーナは署名された紙を持っている専門家に視線を向けた。

「ちょうだい」
「しっ、しかし」
「アルベルティーナ、いいのか？」
「いいわよ。騙して、相手を怒らせてまで手に入れたい者ではないわ」

　アルベルティーナは署名された紙を受け取ると、ビリビリと破いた。

「はい、おしまい。これはケヴィンの悪ふざけ。ごめんなさいね、ヴィクトル。不快な思いをさせて。本来の書類はこちらよ」

　アルベルティーナは懐から三つに畳まれた紙を取り出した。

「あたしはヴィクトルが認めてくれただけでいいんだけど、あたしには王族という縛りがあるから仕方なくよ」

　ヴィクトルはアルベルティーナから紙を受け取って広げた。
　そこにはアルベルティーナのお腹の中の子どもの父親がヴィクトルであることを認知するという、いたって単純な内容が書かれた紙だった。
　ヴィクトルは無言で署名をして、アルベルティーナに差し出した。

「確かに受け取ったわ。ヴィクトル、本当にごめんなさい」

　アルベルティーナはそう言いながら頭を下げてきた。
　ヴィクトルはなんと返せば分からず、なにも言わずに部屋を出た。