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嘘の数だけ素顔のままで
第5章 去勢【4】
 喉が渇いたな、とコトブキは思った。生唾を呑み込むと喉がひりついた。


 オオハナタカコの赤い口紅が微かに半びらいて唇を舐めた。躊躇うように唾を呑みくだした喉が動いた。吐息をついた。そして、下唇を噛んだ。


 コトブキはスラックスのふくらみに手を持っていった。オオハナタカコがそれに気づいた。あからさま過ぎたか、コトブキはそう思ったが、今初めて気がつかれた確信もない。さっきのこともある。オオハナタカコは自分の存在を忘れていた訳ではなかったのだから。

 オオハナタカコはドアの方を向いたまま横目だけが忙しく動いていた。


 スラックスのふくらみをコトブキは握ってみた。オオハナタカコのからだがコトブキから離れるように気持程度だけだが、確実に揺れた。

 警戒されているのは間違いなかった。手の中に握った屹立はまるで心臓がふたつあるかのように脈打っていた。


 息が詰まってきてコトブキは口を閉じているのが難しくなってきた。半びらいた口は生臭い匂いがした。決意めいた何かが呼吸を奪っていくようだった。心臓が爆発しそうだった。


 すると、唐突にオオハナタカコがこっちを見た。


 コトブキは微笑んだ。言い訳のつもりだった。だが顔の皮膚という皮膚が突っ張っていてうまく取り繕えなかった。コトブキは忽ち目が泳いだが、オオハナタカコはこちらを見たままでいる。


「あたしそういう女じゃないわよ」

 コトブキはそう言われても好意的に笑ってみせた。笑ったときに覗いたヌラついた歯をオオハナタカコは汚いものでも見るように顔をしかめた。だが、今度はコトブキの方も目を逸らさなかった。

 言い訳のような微笑みがしだいに表情の乏しいものに変わっていった。腰が引けて猫背になっていたところをのけ反るようにして胸を張った。


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