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嘘の数だけ素顔のままで
第10章 孤立【2】
 コトブキは前回と同じ場所に立ち吊革に摑まった。それとなく車両を眺めた。ばか女の姿はなかったが、あの日正面に坐っていた三人は乗っていた。コトブキがそれに気づくと、向こう三人は微笑んだ。コトブキは照れくさくて顔が赤くなってしまい、吊革を握り直した。


 赤ん坊になれたらどれほど楽だろう、寝ぐせを撫でつけながらコトブキはそう思った。いつも疑問に思うのだが、母性をくすぐる男とだめな男の違いがわからない。母性を犯す夢は見たことがある。転んだ膝が痛みだした。

 痛みだしたところが心臓の鼓動に合わせて脈打っている。そのうちにレールの継ぎ目を通過する音ともシンクロしてきて、暖房はひどく暑いし、頭がぼーっとしてきた。だから、横にその女が立っていても声をかけられるまでコトブキは気がつかなかった。


「だいじょうぶですか」

 ああ……転んだとき、いつでも立ち上がれるようにハンドバックを傍に置いていた女だとコトブキは思った。


 女はその場にしゃがみ込み、コトブキの膝をさすってくれた。膝をさすりだすと心配そうだった女の表情が一変して真剣なものに変わっていった。看護師とか介護職の人なのだろうか、とコトブキは思った。手つきが慣れていて迷いがなかったからだ。


 女は肩まである髪を後ろで結わえている。よく手入れされた髪からは金銭的な苦労をしているようには見えなかったし、蛍光灯の光を受けて天使の輪ができるほど漆黒の艶があった。


「痛みますか……」

 まだ膝に違和感があるようだったら診察を受けることと、掛かり付けの医者はありますか、直接病院に行くより紹介状を書いて貰った方がスムーズに診察がいくことを女は言った。


 襟ぐりの開いた服にブラジャーの刺繍が透けて見えた。ボインという死語がピタリときた。

 コトブキは頭の中でこの女に白衣を着せてみたがどこかリアリティがなかった。だが、介護職の、例えばピンク色のユニフォームを着せてやるとそれっぽく見えた。マッサージの動きに合わせてボインはゼリーのように揺れた。


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