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嘘の数だけ素顔のままで
第10章 孤立【2】
 吊革は今、身じろぎの為に軋むのではなくてコトブキの欲望の為に軋んでいた。ブランコに揺られるようにからだが前後した。とても素敵な気分だった。

 勃起しているせいで女の顔にしょんべんをかけてやれないのが残念なくらいだった。世の男はおれを見習うべきだ、そうだろ、と心の中で思ったことを途中から声にだして喋っていた。三つ指をついた女は快い返事をしたし他の乗客もそれに倣った。そして、セクシーの大合唱。この瞬間――


 哀しい怪物コトブキアキラは聖母マリア様の僕でありながら異教を唱える教祖になった。教祖誕生を祝う僕らのうっとりとしたこの目を見よ、オオハナタカコやヒタチノゾミ、そして教室の女にそう語りかけるのだった。


 三つ指をついた女は「検品の女」というハンドル名だった。コトブキは女の顔の前で手をかざし、女よ、ママンと名乗りなさい、そう言って洗礼を授けた。

 女はやはり快い返事をした。ママンという洗礼名の意味もよく理解しているようだった。女は、そう言われるのはずっと以前からわかっておりました、という笑みでコトブキに応えた。コトブキは目を細めてこれに満足した。


 肉を与えよう、さあ食べるがよい、

 ママンは赤黒い肉塊に目を寄せた。口に入るかどうか寸法を計るようにそれは熱心だった。大きいです、と言ったママンの溜め息が肉塊を震わせた。ママンは水中に潜るときのように息を止めてアーン、口を開いた。

 肉塊は赤い口紅を淫らがましく裂いていく。だが、潜っていったのは寧ろ肉塊の方で今度はコトブキが息を止める番だった。肉塊で感じたママンの口の中は熱かった。肉塊自身が小人だった。

 背丈ほどある強靭なベロが蔓のように絡まりついて面白可笑しくくすぐってくる。ベロの感触を通して小人には頭が二つあることがわかった。小人にはそのことがまた可笑しくて笑い出しそうになるとママンの唇でその頭を摑まれてしまうのであった。


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