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マスタード
第3章 リサ・・・
その日も吹奏楽部の練習で帰りが遅くなった。
奏は小腹が空いたので、おにぎりをつまみにビールテイストでひとりお疲れ様をした。

遅くなったといっても21時ぐらいで、ちょうど『愛』の開店時間だ。

リサはもういるはずもない。それでもリサと一緒にいた空間、リサと出会った空間に少しでもいたい気持ちが抑えられなかった。
トイレに入って鏡の自分に向かって「センチメンタルなヤツだ。10年も経つのに未練たらたらじゃないか。いい歳してガキか」と言ってやった。

鏡に写った自分は、まだ女も知らない純情な恋する少年みたいな顔をしていたので思わず笑った。

『愛』の前に立つ。夜の姿は10年前と少しも変わってはいなかった。
意を決して店に入ると客は誰もいなくて、若い女のコが2人いた。
女のコたちは初めて来る客である奏を歓迎してくれた。

ママもいないし、店内の雰囲気は変わらないのに人は変わったんだなと少し残念に思った。10年も経っているから当然ではあるのだが。

カウンターに座ると、チャリり~ンとドアが開く音がしたので新規の客でも来たのかなと思ったら買い物袋を提げた年配の女性が入ってきた。
年配といってもあの頃と変わらずに美人だ。

「あら、奏ちゃんじゃない。いらっしゃい」とママは奏を大歓迎してくれた。

「覚えててくれたんだ」と奏が言うと、「当たり前じゃないの。ボトルもまだ残ってるよ」と言ってくれた。

キープボトルというのは長くても2年以内には無効になるものだが、10年も前のを残してくれてあるなんて嬉しくなった。

10年ぶりの再会にママと乾杯をする。10年ぶりといっても、ママからリサが店を辞めて東京に行ったと聞かされたのが昨日のことのように感じられるが・・。

「リサはね、東京で結婚してダンナさんとふたりで起こした会社も大きくなって幸せに忙しくしているみたいだよ」とママは嬉しそうに話し始めた。

リサは娘みたいなものだから今でも時々連絡をくれると言ったママは本当に娘を想う母親のような顔をしていた。

リサが結婚したと聞いてショックな気持ちと心から祝福したい気持ちが入り混じって水割りが少しほろ苦く感じられた。

リサは裕福だけど愛のない家庭に育った。両親は忙しくていつも家にはいないで、リサにはたくさんのお小遣いをくれたが、カネで何でも解決できると思っているみたいで全く家族の絆はない。
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