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マスタード
第5章 抱擁
それから、奏は早目に帰れた日とかは『囲炉裏』に寄るようになった。
ちょっと遅くなる時でも愛美のLINEに甘えて閉店した店の裏口から入って愛美と陽葵と食卓を囲んで団欒の時間を過ごした。

あまり遅くなると陽葵は寝てしまうこともあるが、起きていれうちは奏に本当の父親のようになついてくれていた。

この『囲炉裏』という店はお客さんたちに囲炉裏を囲んでいるような団欒の時間と空間を提供したいという思いを込めてオーナーと愛美が名付けた店で、その名前のとおりいつもは常連さんたちの団欒の場所となっている。

店が開いている時間に来れることが何回かあるうちに奏もこの街の人たちと仲良くなれていて、それも嬉しかった。

そして、愛美と陽葵との3人の時間も家族団欒のような幸せな時間だ。この時間がいつまでも続けばいいのに・・。愛美の自家製の甘くて辛いマスタードは実に心に染みて、そんなことを思って愛しさと切なさを募らせていた。

部活の練習のない土日は愛美と陽葵とお出かけしたりもした。この街には色々な観光スポットや聖地があるのだが、地元に住んでいる人はあまり行かないみたいで、連れていってあげると喜んでくれた。

例の動物園や水族館園にも行った。
陽葵は動物やイルカとの触れ合いに大喜びだった。

動物園や水族館では入場者の写真を撮ってくれて希望すればオリジナルのフレーム付で印刷してくれたものを買って入場記念にするというサービスがある。

動物園でも水族館でも1枚ずつ写真を買った。

奏も愛美もその写真を写メに納めて、写真そのものは陽葵が宝物のアルバムにしまった。

「奏ちゃんありがとう。お疲れ様~」
「たのしかった」

奏と愛美はビール、陽葵はジュースで乾杯をした。

みんなで「いただきます」をして愛美が作ってくれた手料理で夕食タイム。日曜は『囲炉裏』は休みだから閉店した店の中でのささやかな食卓だ。

食事をしながら愛美が不意に何かを思い出したようにクスクスと笑った。

「どうしたの?」

「だって・・」

動物園でも水族館でも写真を撮ったり案内してくれる時に当たり前に子供を連れた夫婦のように接してくれる。
そんな時に当たり前にパパのように振るまっていた奏の姿を思い出すと何だか笑えてしまったのだ。

「ご、ごめんよ、パパでもないのに・・違うと説明するのが面倒というか、ややこしいというか・・」

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